壱拾九本目 山魔野行 

全てを忘れるには、早過ぎた、のか…。

 自分の身に降りかかったあの悲しい事件は、遠い昔の夢の話のような気がしていたのに、沼に飛ばされ拾い上げた写真が、一瞬、あの人が助けを求めて差し出した手に思えた!

 急にかぶりを振る。 思い出したくない。

 帰ろう。足を動かすんだ。左、右、左、右…。 沼で転び泥塗れの水を吸った服が重い。

 歩く度に、吐き慣らしたボロ靴に滴る水が沁み込んだのか、じゅぎゅ、ぎゅっぽと水を吐き、泣いた。
 
 そのとき、よほど暗い気持ちの中、気が動転していたのか、自分が実家とは反対方向を歩いて居ることすら、気がついて居なかったのだ。

 10分ほど歩いて、ようやく、心が落ち着いて来たのか、自分が全く知らぬ道を歩いていることに、そこで気が付いたのである。

 かなり、山の方へと来てしまっている。

 野生動物に注意。と書かれた草の茂ったボロボロの立札が申し訳無さそうに草臥れていた。

 薄暗い木々の向こうで、何かががさごそと、蠢いている音が、耳に届いて来た。

 何かがいる…山の魔物!? 

 何処からか生臭い匂いも漂ってきた。

 その音と匂いは次第に大きくなり、その影が眼前に躍り出た。

「お前、泥に汚れて何しちょる?」

 山から、現われたのは、おふくろだった。

 山菜を採っていたらしい。カマが光り輝いた。まったく、心臓に悪い。


「今晩は、秋刀魚、焼こう


「はへ?」

「旬じゃないけど、貰ったんだよ」

 おふくろの持つビニル袋から、死んだ長い魚の目が、俺を観た...




投稿者: 鴉別府 鼻勝



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壱拾八本目 腐界の沼 

暗い、暗い、薄明かりの中に立ち尽くしている。

 生い茂る木々の間から、零れる光も疎らに、鳥の鳴き声も聞こえない。

 深く緑に濁った水のなかへ入るのに躊躇ったが、そうも言っていられない。
 
 靴を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げ、ぬめる足場をゆっくりと前に進む。

 広がるはずの波紋も弱く、生暖かい水面を前へ、前へ、と進んで行く。
 
 徐々に水の底は、判らなくなって行く、目的のものはそこに固まるように浮かんで居る。
 
 それは、昔に撮った大事な思い出、あなたの笑顔。

 常に財布に仕舞っていた当時の君の写真が、残金確認と同時に風に羽ばたき、この小汚い沼のような場所へ、俺を運んできたのだ。
 
 急に、足が動かなくなった。必死に手を伸ばし、右手の人差指と中指で辛うじて、写真をつまみ上げた。
 
 と同時に、バランスを崩し前のめりに生臭い沼へ崩れ落ちもがいた。
 
 何処からか、笑い声のような声が聞こえた気がする…。

 「ちょ、どろどろやん、おじさん、大丈夫ね」

 「ここって結構、危ないんだよね。立入禁止だけど、看板隠れちゃってるし」

 「いい歳したおっさんが、沼でずっこけてんだもん、笑っちゃうよな」

 近所のがきんちょ連中に木の棒とかで助け出された俺は、どろどろのへとへとになっていた。
 
 落ち着いて、やっとため息交じりに出せた言葉がこれだった……


 「深いのぅ…沼!」




投稿者: 鴉別府 鼻勝

[編集長-ひとこと]

 梅雨が明けました(西日本では)。夏です。

 そして今年も 『珍説百物語 〜鼻袋〜』 の季節が、やってきました。

 鼻勝 先生の夏の風物詩?に今夏も期待しましょう〜〜



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壱拾七本目 狂気の子と知る者 

 子供が突然、車道へ飛び出してきた。
 
 急なことにハンドルを切る俺。その時に見た子供の顔。
 
 衝突、炎上、血に染まる助けを求める手。

 必死に伸ばしたけれど、暗転――。


 
 弾かれる様に、布団から、飛び出す俺。
 
 頬を一筋のなみだが流れている。呼吸が荒い…。
 
 シャツが、汗で、気持ち悪く纏わり付く。
 
 仕事にくたびれ、人にもまれ、雑踏に静かに消えるしかなかった俺。
 
 それを救った僅かな希望のひと…、光を放つあなた…。
 
 しかし、それは無邪気な狂気によって、いとも簡単に、崩れ去ってしまった。
 
 俺は、まだ立ち直れる手段を持っていない。持てないで故郷の田舎へ逃げたのだ…。

 現実に立ち戻り、この世のものとは思えぬ、物凄い寝癖と格闘しながら、今の無精髭の疲れているのか、憑かれているのか、判別の付かないような面持ちを何とか整え、おふくろが作った朝食の席に着く。
 
 光の見えぬ俺の唯一の楽しみであるおふくろの味。



『今日、茸と汁物』だよ」


 エリンギが、マツタケのように香ってきた…そんな真夏。



投稿者: 鴉別府 鼻勝

[編集長-ひとこと]

 来年の夏までは、おあづけだと思っていた鼻勝さんの作品が読めて嬉しい。

 なんでも、まだ、数作品の原稿のストックはあるそうなんで...

 出し惜しみかよ〜



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壱拾六本目 硬い肉仮面 

 真昼間、咽び泣く蝉の鳴き声で、ハッと目を覚ます。
 
 暑さからか、明らかに寝ていた場所から、掛け離れた畳の上で、うつ伏せに寝ていたらしい。

 ふらつきながら、廊下で、おふくろとすれ違う。

「お前、凄いことになってるよ、鏡見てきな! ふっははは」と、笑われたので、洗面台で顔を覗くと、右の頬に酷い畳の後と、もの凄い寝癖であった。

 畳の後は仕方が無いとして、クシで髪型を整えながら、鏡を覗いていると、背後に視線を感じた。
 
 開けたドアからまっすぐ伸びた廊下の突き当たり壁の上方に、視線の正体があった。
 
 それは、恵比寿様と大黒様の仮面が並ぶ民芸品だった。並んだふたつのふくよかな中年男性の笑顔が、何だか気味が悪い…。
 
 そっと、洗面台のドアを閉めたが、それでも何だか背後が気になった。
 
 今晩、おふくろが用事で出掛けるらしく、慣れない実家に独りぼっちになってしまうので、少し、心細かったせいかもしれない。
 
 ぼぅ、としているうちに、日が落ちた。

 晩飯は自分でお願いな、と言われたので、ステーキを焼いてみた。
 
 おふくろが料理するような、うまい飯には程遠い出来である。とりあえず、口に運んでみて、唸った。

『硬い! 肉、噛めん…』


 どうやら、俺には料理の才能が無いらしい。



投稿者: 鴉別府 鼻勝

[編集長-ひとこと]

 作者の 鴉別府 鼻勝 さんの「ネタ切れ」により、このシリーズ連載は中断となりました。

 来年の夏までには、きっと再開できる思いますので、読者の皆さんも首を長〜くして待ちましょう!


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壱拾五本目 喋る内臓 

 十文字商店で、親父にゆで卵を頂いた後、特にやることも無くなったので、帰宅することにした。
 
 しかし、今年の暑は、夏い…いや、夏は暑い。気温は果てしなく上昇を続け、不快指数が、80をすでに超えていることだろう。
 
 ああ、果てしなく続く田んぼ。そして、地平線に揺れる蜃気楼。途中から這うようにして、自宅に帰り着いた。熱ゐ。
 
 玄関で、まさに、焼肉で最後まで残ったキャベツのように萎びていると、

「おかえり、もう昼だよ。何やってた?」と、おふくろが笑いながら、俺を迎える。
 
 大変美味い昼ご飯を食べた後、冷たいアイスをしこたま食し、一休みしていると、おふくろに庭の草むしりをするように頼まれた。
 
 この糞暑いなか、草むしりとは地獄に閻魔だが、どうせ暇なので、草刈用の道具を探しに、庭の物置へと足を運ぶ。

 プランターの中に、無造作に突っ込んである数々の泥の付いた園芸用品を弄っていると、急に腹が、ぎゅるると音を立て出した。
 
 まるで、胃の中で革命が起こったようだ。痛い。
 
 アイスを食い過ぎた。迂闊だった…。
 
 とりあえず、物置からプランターごと持ち出し、庭に置き、トイレへと走る。

 胃が…内臓が、大騒ぎしている! まるで、別の生物のように…。


 駆け込んだトイレで、用を済ませ、無事に戻って来れた。そして、プランターを引っ繰り返すと肝心なものが無かった。


「シャベル、無いぞぅ」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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壱拾四本目 茹でた孫は、美味いぞ 

 シャッターの降りた十文字商店へ、虫取り少年といっしょに歩いて行く。
 
 店の周りを見てみたが、やっぱり、ジュースの自動販売機は無かった。この時代に、自動販売機すら無いとは、俺の故郷は一体…。

「僕はこれで帰るね、お兄さんも頑張ってね」みの虫少年が、大事そうに虫かごを抱え去って行く。
 
 ぽつん、と一人残された俺はシャッターの前に腰を下ろす。
 
 ガラガン、と背中に触れたシャッターが、音を出す。
 
 暑い…のどが渇く…腕時計を見る。10時まで、あと10分もあった。
 
 そのとき、背後のシャッターが、ガラガラと開いた。びっくりしてコケそうになった。
 
 十文字商店の頭の禿げた店主の爺さんが、俺が子供の頃とまったく同じ当時の姿で、シャッターを上げていたのだ。俺を見るなり、眠たそうな目を瞬き呟いた。

「ん〜、どちらさんかのぅ、どうかしなすったかい?」
 
 のどが渇いたので…と答えると、店内の冷蔵庫から、ラムネの瓶を一本取り出して、ポンと、ビー玉の蓋を開けて、金の請求もせずに寄越すと、「もう、茹で上がったかのぅ…」と、つぶやき、店の奥へと消えていった。都会では考えられない行動だ…。

 店主が寄越したラムネは、よく冷えていた。しかし、いまだに現役だったとは!
 
 俺が子供だったときに、すでに爺さんだったはずだが…。もともと、老け顔で禿げていたから、そんな印象があるのだろうか?
 
 そんな昔の思いを胸に、ラムネを飲み干すと、その親父が、湯気の立ち上るかごを両手で抱えて、戻ってきた。
 
 そして、そのかごの中のモノを俺の前に差し出すと、にっこりと微笑んだ。


 かごの中では、たくさんの卵が湯気を立てていた。

ゆで卵は、美味いぞ、あんたも食べんか?」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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壱拾参本目 悪の十字架 

 みの虫の外ミノをカッターナイフで切り裂き中身を調べていた少年に話掛けた。

 最初は警戒していた少年だったが、悪そうな人間? に見えなかったようで、それとなく教えてくれた。
 
 何でも夏休みの自由研究に『みの虫』を題材にしたらしい。
 
 少年は、ノートに何かを書き込み、虫かごにもそもそとうごめくみの虫を仕舞うと、満足げに、道をひき帰しだした。

 私も一緒に、神社を出る。陽射しがより一層とつよくなったようだ。少し、喉なんかが渇いたので、ジュースでも買うか……。
 
 しかし、ここは、ど田舎であるから、自動販売機が見当たらない。

「なぁ、少年よ。ここら辺りにコンビニか何かは無いのかい?」
 
 少年が、指を差して答える。「あそこにしかないよ」

 指の先には、古く汚れた看板で『十文字商店』と書かれていた。
 
 何故か、十の文字が、他の文字よりも強調され、いかにも手書き感溢れる看板である。
 
 丁寧に、市外局番から電話番号が書いてあるのが面白い。…懐かしいものだ。俺が、小学生の頃から、有った店だったからだ。
 
 メインは、身体に悪そうな駄菓子中心の店だったが、今も現役だったのか!?

 だが、遠目に見ても、シャッターが降りているんだが…。
 
 そのとき、少年が、思い出したかのように言った。


「あの店、開くの10時か!



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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壱拾弐本目 黒い闇の虫 

 虫取り網を振り回し、金切り声をあげてはしゃぐ数人の子供達。

 その群から離れ、1人ぽつんとしゃがみ込んだ少年が居た。
 
 少年は、近くの樹に留まっていた小さな何かを捕まえて、それを手に持って、山の方へ向って走り出した。

 俺はその少年が、気になって後を追うことにした。
 
 少年の行く方には、俺がよく子供の頃、よく遊んでいた寂れた古臭い神社? がある。
 
 少年を追って行くと、その神社が、当時と全く変らず存在していた……。
 
 あまり日も当たらずひっそりとした神社の影に少年が、隠れる。
 
 俺は、ゆっくり気付かれない様に、少年のそばへ近付く。キチキチと奇妙な音がした。
 
 少年の手には、伸縮式のカッターナイフが見える。この少年は…ここで一体何を…。
 
 少年は、手に捕まえた、虫をその凶器で切り裂いた!
 
 
 そして、中身を眺め、満面の笑顔を浮べて言った。


「黒いや、みの虫」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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壱拾壱本目 呪いの三輪車 

 その日の朝は、遅かった……。

 時計はすでに9時を過ぎていて、外は眩しいくらいに明かるい。
 
 夜中の2時にあまりの暑さに、目を覚まし、二度めの眠りについたのが失敗だったのか。すでに、おふくろの姿は無かった。
 
 飯台の上に、「昨日の残りの味噌汁とご飯があるます」と、一部、噛んでる書置きがあったので、電子レンジなどを使って温め、口に流し込んだ。

 その後はすることも無いので、久しぶりに田舎町の散策に出掛けることにした。
 
 玄関を出ると、生い先の短い蝉たちが、儚い愛の歌をいっせいに鳴きつづけている。
 
 虫かごと虫取り網を構えた園児たちのはしゃぎっぷりなどが視界に入ってきた。
 
 園児の運転する三輪車の、あのいまいちの速度に感想が口に出た。


「のろいのぅ、三輪車……」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:壱拾本目 赤眼の玩具 

 暑さで、夜中に目が覚めた…。
 
 見慣れない天井に微かな戸惑いを覚えた。そうか、ここは実家だ。俺は故郷に帰ってきたんだ。
 
 汗にまみれた重い身体を起こした。

 しかしなぜ、こんなに暑いのだろう。
 
 枕もとの時計を見ると、午前2時だった。喉がカラカラに渇いている。
 
 のっそりと布団から出て、立ち上がる。部屋は薄暗く、先が見えない。
 
 部屋の電気を点けるべく、歩き出す。

 突然、何かを踏んでしまい足を滑らせ転んでしまった!
 
 いてぇ、何だよ、チンコ起床! …いや、こんちきしょう!
 
 よろめきながら立ち上がり、つまづいたモノを確認する。足元で赤い二つの小さな目が、闇夜に光っていた。


あ、亀の玩具 だ…まだ有ったのか!?」
 

 よく見ると、俺が子供の頃に、よく遊んでいた目に蛍光塗料が塗られて光る、ガメラのおもちゃだった。



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:九本目 紅き手 

 テレビ画面に映る電話番号をチラシの裏にメモ書きしていると、耳元に不快な羽音が、プィーンと鳴り遠ざかる。
 
 夏の小さな吸血鬼、蚊のお出ましだ。
 
 すぐさま、気配を感じた辺りで、拍手を鳴らす。
 
 手の平に潰れた吸血鬼から、紅い血が、こぼれていた。
 
 ティッシュで、その汚れを拭き取る。
 
 何だか急に不快な気分になった。
 
 急に背中にかゆみを感じる。どうやら、背中のど真ん中を蚊に刺されたようだ。
 

 う! ……手が届かない。
 

 痒い患部に、どうやっても、手が届かない。
 
 どんどん、どんどん痒くなって行く。何だこれは、蚊の呪いなのか!?


「あ〜、掻きてぇ!」


 と言いながら、後ろの柱の角に背中を擦り付けた。
 
 いよいよ、蚊取り線香の季節が始まろうとしていた……。



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:八本目 紅い手 

 テレビより、流れるむせび泣くサックスとこぶしの効いた歌声をBGMに、俺は、夢の世界へと今、まさに旅立とうとしている……。

 ふと、対面に座るおふくろを見ると、イビキ全開で、すでに旅立っていた。

 呑気なものだなぁと思いテレビのチャンネルを替える。

 通信販売ならではの名物社長が、数々の汚れた品物を、何やら謎の粉を溶いた水だけで、魔法のように、次々と綺麗にして行く場面が、大袈裟に、そして、延々と映し出される。

 半分催眠術に罹ったような状態になっていた俺は、凄いなぁ、面白いなぁと、社長のトークに惹き込まれて行く。

 
 お電話番号は、こちらです!
 
 画面に、映る電話番号をチラシの裏に思わず控えてしまう。


「あ〜、買いて〜」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:七本目 艶歌を唄う骨 

 ちょうど良い音量に切り替わったテレビを眺めていた。

 しかし、テレビの内容のほとんど、片方の耳から入り、もう片方の耳から抜けて行く。
 
 都会での俺の暮らしを知らないおふくろにどう声をかけるか、そのきっかけを探している……。
 
 そんな状態が、20分ほど続いただろうか、おふくろが思い出したかのように老眼鏡を取り出し、脇に置いてある新聞を裏返し、読み始めた。
 
 そして、黙り込んで、リモコンを持つ俺に言った。

「もうすぐ、始まるねぇ、チャンネル変えてくれ」
 
 おふくろに、言われるままにチャンネルを変えていく……。
 
 新人のお笑い芸人の拙い漫才。 悲しげなニュースを読み上げるキャスター。
 
 舞台にずらっと並んで立つ演歌歌手。 悲惨な外国の戦争のドキュメンタリー。白骨化した骨などが転がっている怪奇映画……。

 次々と変化していく画面におふくろが言った。

「あぁ、違うそれじゃないよ、もっと前だ」


おふくろが見たい番組が判ったので、チャンネルを変える。


「演歌を歌うほうね」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:六本目 怨霊・蛙の怪 

 上手い晩飯を平らげ、自分の食べた食器類をおふくろと一緒に台所へと片付けに行く途中、庭の方から、ゲロゲロと蛙の鳴き声が聞えてきた。
 
 幼少の頃に聞き慣れていたその鳴き声に、改めて帰ってきたのだなと思い、そして、これから俺はどうするのか? と言う現実に引き戻される。

 このまま、田舎の健康的な暮らしに戻った方が良いのだろうか? それとも…。

 台所に着き、俺が炊飯器を棚の上に置いた瞬間。

「おまえ、やっぱり向うで何かあったんだろ」おふくろが、食器を洗いながら振り返らずに尋ねる……。

 俺は何も言えずに黙り込んでしまう。
 
 暫しの沈黙の後。

「まあ、話したくなったら、言うがええ。後片付けが終ったら、テレビの続きでも見るで、先に戻るなりしてろな」
 
 おふくろはそう言うと、再び食器を洗い始めた。

 居間に戻り、テレビを再び付ける…が内容は当然、頭に入らない。
 
 おふくろの言う“向う”での出来事、奇怪な事件。そういったものが、グルグルと頭の中で掻き回される。
 
 何故か、外の蛙の鳴き声がここまで聞えてくる。凄く耳障りで不快なゲロゲロゲロと言う鳴き声。
 
 リモコンで、テレビの音声を大きくして掻き消してやる!
 
 しかし、何度も、リモコンの音量を大きくするボタンを押しても音が大きくならない。
 
 逆に、小さくはなる…そして、ついに蛙の鳴き声しか聞こえなくなった…。
 
 いつの間にか、おふくろが背後に立っていた。吃驚する俺。


「音量、変えるのかい?」


 おふくろは、テレビの下側のふたを開けてから、ボタンを指差しながら、こう言った。

「そのリモコン、音量上げるのが故障してっから、こっちで変えな」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:五本目 湯呑みの中の目 

 おふくろが、作った晩飯はどれも美味しかった。

 言葉を発するのも忘れて、ただひたすらに、黙々と晩飯を口に運んだ。

「あぁ、あぁ、そんなにガッついてぇ。よっぽど、あそこで苦労したんだなぁ」
 
 おふくろは複雑な表情で、飯を口に運ぶマシーンと化した俺を眺める。
 
 ああ、とても苦労したよ…。 だから、精神がそれに堪えきれなかったんだ……。
 
 台の上を彩っていた料理が入っていた器のほとんどが空になった。
 
 おまえよう食ったなぁ、とおふくろが洩らす。さすがに食べ過ぎたようだ。
 
 時計を見ると時刻は、既に21時を過ぎていた。

 おふくろは、俺の湯呑みにお茶を注ぎながら、あくび交じりにこう言った。


「さっさと、湯呑みの中飲め、片付けっから」




投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:四本目 蒼い血 

 自宅に有った親父の形見である骨董品の壷が、数百万もする高価な物である可能性がでて、妙に興奮してしまったようだ。
 
 震える手で湯呑みに入ったお茶を飲みほす。まだ、本物であると言う証拠は無いがひょっとすれば、ひょっとするかもしれない……そんなもどかしさが俺の心を支配していたのである。

「飯の用意ができたで、運ぶのを手伝ってくれ」

 台所から、声が掛かる。 腕によりを懸けたおふくろの絶品料理が完成したようだ。
 
 俺は、待ち切れず台所へ行き、1番持っていくのに重たそうな電子ジャーなどを運んで手伝い、飯台の上に乗り切れないほどのおかずが、次々と並んで行くと胸が高鳴った。

 例の麩が入った味噌汁も並び終わり、後は食べるだけとなった。

 俺は両手で箸を挟んで合掌しながら食前の挨拶をする。「いただきます!」

「はいはい、たぁ〜んと召し上がれ」
 
 伝説と言われた? おふくろの味噌汁をすする。 …やはり、美味しい! 五臓六腑に染み渡る……。


「あぁ、美味ちぃ」


投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:参本目 園に立つ亡霊 

 おふくろとふたり、玄関に置かれた巨大な熊のぬいぐるみの右側を通り抜け、居間へと進む。

「じゃあ、あたしゃ晩飯の準備するから、とうちゃんに挨拶しとけな」、そう、おふくろは言い残すと台所の方へと消えて行った。
 
 奥には、仏壇があり、俺たちを残して死んだ親父が頭にねじりはちまきで、いかにも酔ってますと言った出で立ちで、顔を赤らめている姿の古ぼけた写真が立ててある。

 線香に火をつけて、ち〜んと鐘を鳴らし、手を合わせる。
 
 ロクでも無い親父だったなぁ、酔っ払って、変な奴に妙に高い物やら売りつけられて、買っちゃったりして、家族は振りまわされたモンなぁ…。凹み。
 
 そんな事を思い出しながら、部屋の大型のテレビを付けた。古ぼけたゴミのような物が、実は国宝物だったりして、うん千万円とかになっちゃたり、ならなかったりする古美術品鑑定番組が画面に映る。
 
 ふ〜ん、俺には縁の無い話だなぁと独りごちながら見ていると、画面に小汚い壷が出てきた。
 
 鑑定士がその壷を見て、低く唸り絶賛した……。何故だろう、その小汚い壷に見覚えがある……。
 
 思い当たり、俺は叫んだ。「ちょ…かあちゃん、はやくこい!」
 
 はいはい、何だい一体、とエプロンで手を拭いながら、早歩きで来るおふくろ。
 
 俺はテレビを指差す。 そこには、親父が買わされた壷が映っていた。

 …なぁこの壷。アレなんじゃないのか? 酔った親父が買わされたあの壷にそっくりだぞ。傷が無かったら数百万だぞ! どうするどうする?

「そういやぁ、似とるけどなぁ、違うんじゃないか?」

 ええぃ、ごちゃごちゃ言っている場合じゃないだろ!


「その似た、壷を売れぇ!」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:弐本目  悪魔の縫いぐるみ 

 都会の生活に夢破れて、住みなれた故郷に帰った。駅で待っていたおふくろの顔は嬉しそうだった。
 
 久しぶりに、帰り着いた実家を見上げる…。あぁ、何一つ変っていない。
 
 子供の頃に転んで頭で激突して、大出血で大騒ぎした庭石とか、2階の屋根で昼寝していたとき、足を滑らせ転落しその拍子に割った瓦の後など、何かと痛い思い出ばかりが、蘇ってくる。

「どした? おまえ、具合でも悪いのけぇ?」おふくろが心配そうな顔が俺を覗きこむ。

「いや、かあちゃん…何でもないよ」
 
 ふたりそろって玄関を開ける…そのとき、大きな影が揺らめいたのだ!
 
 俺は思わずその驚きを声にしていた。


「あぁ? 熊のぬいぐるみ!」


 玄関に巨大な2mほどの馬鹿でかい熊のぬいぐるみが置いてあったのだ。

 横でおふくろが言った。「凄いだろう? パチンコの景品だよ、これ」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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蝋燭:壱本目 恐怖の味噌汁 

 もう、何年になろうか…実家に帰るのは…。
 
 帰りの電車の窓の外には、どこを見ても一面の田園風景が、遥か遠くまで広がっていた。
 
 村を出たときと同じ風景が懐かしく俺の心に巻戻る。
 
 駅に辿り着いた頃には、当時の記憶が鮮明に蘇っていた。電車を降りると懐かしい土の匂いが、鼻をくすぐる。
 
 駅のベンチに、少し疲れて老け込んだおふくろが居た。俺の姿に気がつくと、ゆっくりとした歩調で歩いて来る。

「ただいま、かあちゃん」

「ああ、おかえり」
 
 帰りの道中、都会での暮らしや村の問題など、そんな話をしながら実家に到着した。

「おまえ、腹は減ってねぇか?」
 
うなずくとおふくろは、

「今日はおまえが帰って来るっていいよったから、おふくろの味をたらふく味逢わせてやろうと思ってる」

 それじゃあ、おふくろの定番の料理か。
 
 その中でも、あの味噌汁の味が忘れられない……。都会では、決して味わうことの出来ない、おふくろの作った究極&至高の味噌汁。

「なぁ…かあちゃん」

「何だい?」とおふくろが振り返る。


「今日、麩の味噌汁?」



投稿者: 鴉別府 鼻勝


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