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啄木のふるさと渋民

 渋民へは、盛岡から 「IGRいわて銀河鉄道」 に乗り、約20分で着く。 啄木の歌や小説に多く登場する渋民は、奥州街道沿いにあり昔は宿場町であった。
 

 啄木は 「渋民は、家並み百戸にもみたない、自然の風致の優れた外には、何一つ取り柄のない野人の巣で、みちのくの広野の中の一寒村である」 と、日記に書いている。



いわて銀河鉄道 渋民駅


いわて銀河鉄道 渋民駅。ここから記念館まで、タクシーで5分、徒歩25分もかかる!やれやれ!(笑)


「ふるさとの停車場路の 川ばたの 胡桃(クルミ)の下に小石拾へり」 


 啄木が生きた明治末期に渋民駅は無かった。

 啄木が多くの歌に詠んだ 「ふるさとの停車場」 は、隣の好摩駅である。




北上川と鶴飼橋 


渋民公園の下には北上川が流れている。そこに架かる鶴飼橋。 


「やわらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」 


 啄木はこの橋を渡り、北上川沿いを歩き、好摩駅へと向かった。

 当時、北上川の岸辺には柳の木が密生していたという。。。




宝徳寺


記念館の近くにある啄木が幼少期を過ごした 「宝徳寺」


「ふるさとの寺の畔の ひばの木の いただきに来て啼きし閑古鳥!」 


 寺の入り口付近には、巨大な 「ひばの木」 がそびえていた。

 啄木が歌に詠んだ 「ひばの木」 はこれだな!と、思った。(笑)




投稿者: 霧島



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啄木は、

ふるさと岩手の渋民を追われて、放浪して、

多くの人がら借金をして、酒と女につぎ込んで

死んでいった。まあ、これも人生だべ。

4000首もの歌を残し、時代を見つめた男としては

評価されてるべ!!(爆)

[ 2009/06/13 20:54 ] [ 編集 ]

どうもです。

歌を二首・・・・・

わが母の 死ぬ日一日美(よ)き衣を 着むと願へりゆるし給ふや

たはむれに母を背負ひて その余り軽きに泣きて 三歩あるかず

啄木は、彼の母親が、なんと、38才の時に生んだ子供なのであります。
当時としては、ありえないほどの高齢出産!!
それゆえに、溺愛された・・・・・・・・合掌!!

啄木の残した4000首を超え歌の中で、オレの最も
好きに歌は、故郷の岩手山を詠ったこの歌だべ!!

ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな
[ 2012/12/10 07:38 ] [ 編集 ]

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