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旧 奥州街道を歩く Ⅰ

 宮城県栗原市金成有壁(有壁宿)から岩手県一関市(一関宿)を通る旧奥州街道には、一部ではあるが、江戸時代当時の街道がそのままの姿で残されていて歩くことができる。

 
 有壁宿は北東北諸大名の休息等に利用され、今でも当時の武家生活の雰囲気を漂わせている。





有壁本陣跡

旧奥州街道沿いにある有壁本陣跡

 
 御成門や中座敷が残されて、国の重要史跡に指定されている。 明治天皇の東北巡行の際には、ここ有壁本陣で休息したという。





伊勢堂林道

有壁本陣前の奥州街道をしばらく歩くと 「伊勢堂林道」 に出る。

 
このあたりが 「肘曲がり坂」 と呼ばれる場所で、なかなかいい雰囲気の林道である。





「肘曲がり坂」案内板

緩い坂の途中にある 「肘曲がり坂」 案内板


  この辺は、まさに 「奥の細道」 という感じだが、実は芭蕉はここを通っていない。

 芭蕉は、奥州街道の東側を通る脇往還の一関街道を通り平泉に向かった。現在の国道342号線とほぼ重なる道である。

 ちなみに、「脇往還」 とは五街道から派生する道、または、それ以外の主要な道。





林道途中から左側に入る道

林道途中から左側に入る道


 があり、ここからが江戸時代そのまの奥州街道である。

 整備されているとはいえ、ほとんど歩く人はいないのだろう。

 下草がびっしりと生えていた。







投稿者: 霧島



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コメントの投稿













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「心もとなき日かず重るままに、白河の関にかかりて
旅心定まりぬる」

芭蕉も歩いた奥州街道!!

出発してから約3週間、白河の関を越えて
奥州に入ってから、やっと、旅心も
定まってきたという。。。。
[ 2009/07/07 20:48 ] [ 編集 ]

わたしは現代社会のコンクリートやアスファルトのような道よりも、こういった自然の情緒溢れる街道が好きです。
美しき日本とは、いろんな考え方があるなかで、自然と人との共存。その歴史を訪ねて歩く人の営みとか
古きを知り、新しきを知る。
緑の風が一陣吹き込んできたのを胸に覚えます。
今後ともよりいっそうのレポートを期待しておりますので、旅人=霧島さん、楽しませていただき有難うございます。☆
[ 2009/07/09 18:18 ] [ 編集 ]

奥州を旅する人

どうもです。
トラベラー、トレッカー、スノーボーダー、
スキーヤー 等々いろんな顔を持つ霧島です。(爆)

「道の奥」と呼ばれた東北

奥州に下った公家、逃げ落ちた武将、
砂金を求めた金商人、歌枕を訪ねた歌人等々。。。

みんな、奥州街道を通ったのだ。。。。。

[ 2009/07/09 21:36 ] [ 編集 ]

奥州を旅する人

「歌枕」になっている地名は、
関西、近畿地方が、当然、圧倒的に多いが。。。

なんと、東北地方は、「歌枕」の地名多さでは
近畿についで二位になるらしい。。。。

奥州は、古代から、関西の人々の憧れの地
だったのだろう。。。。(爆)
[ 2009/07/09 21:43 ] [ 編集 ]

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