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岩手山を望む

「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」

   
  石川啄木 『一握の砂』 より


 

啄木は、詩や短歌のことを 「悲しき玩具」 と呼んだ。
 

 啄木は、短歌や詩を作ることについて、次のように言っている。

 「一生に二度と帰ってこない命の一秒なのだ。オレには、その一秒がいとおしい。ただ逃してやりたくない。それを現すには手間暇のかからない歌や詩が一番便利なのだ」 と...


 啄木にとっての歌や詩は、悲しき玩具、人生そのもの、生活そのものだったのでしょう。





残雪の岩手山

盛岡駅前の 「開運橋」 から望む残雪の岩手山


 盛岡の街は、川が多いし、橋も多い。

 盛岡市内を南北に流れる北上川にかかる 「旭橋」(前方)。その先にあるのが 「夕顔瀬橋」 である。






盛岡駅前広場にある啄木の歌碑

JR東日本 盛岡駅前広場にある啄木の歌碑


 ちなみに、盛岡駅正面にど~~んと掲げられている 「もりおか」 の文字は、啄木の筆跡を使用したもの。






「啄木新婚の家」

中央通にある 「啄木新婚の家」


 啄木が愛用した机や書、節子奥さんが愛用した琴等が展示してあります。

 しかし、ここでの生活は、僅か3ヶ月であったとのこと。


 この家で結婚式を挙げるため東京から盛岡に向かった啄木は、仙台で途中下車し、土井晩翠 から借金をし、仙台で酒と女で遊び呆けていたとか。。。。

 結婚式をすっぽかされた節子は、仕方なく、1人で式を済ませたとのこと。


 やれやれ! 啄木、若干二十歳! 若気の至りか!(笑)





投稿者: 霧島






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啄木の反戦思想は、与謝野晶子からと言うよりは
(君死にたまふこと勿れ)、トルストイから影響を
受けたようだな!!

さらに、啄木は「革命家」になることを夢見て
いたべ!!

啄木は、ロシアの革命化クロポトキンの自伝
「一革命家の思い出」を読み涙涙の大感激を
したんだな!(爆)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%88%E3%82%AD%E3%83%B3
[ 2010/06/16 20:01 ] [ 編集 ]

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