おくのほそ 道最上川 本合海~清川 (山形県 新庄市)

 鳴子の中山峠超え~山形の山刀伐峠超えでヘトヘトになった芭蕉は、尾花沢の豪商のもとで10日間も滞在し、これまでの旅の疲れを癒した。

 
 そののち山寺(立石寺)に立ち寄り、羽州街道を北上し、最上川を下り、出羽三山へ向かったのであった。。。。





本合海大橋 と 八向楯(山)

本合海大橋 と 八向楯(山)


 川なのに本合海!(もとあいかい)不思議な名称である。

 元々は、「合河乃津」 と呼ばれていたらしい。

 
 このあたりの最上川は、複雑な地形のためか、大きく蛇行している。

 ここでも、八向盾(山)にぶつかり、ヘヤピンカーブを切って蛇行し、日本海へと流れて行く。。。。。





芭蕉と曽良の像

芭蕉と曽良の像


 本合海の船着き場の上に、芭蕉と曽良の像が立っていた。

 芭蕉と曽良は、ここから船に乗り、最上川を下って行ったのである。





清川付近の最上川

清川付近の最上川


 日本海までは、16~18キロくらいか。。。


 最上川は、陸の街道と同じ扱いで、国境には番所が設けられていた。

 芭蕉と曽良は、清川で下船するが、ここでトラブルが起こってしまったらしい。。。。

 国境の役人にとって、芭蕉みたいな胡散臭い旅人は、かなり怪しい人物に見えたのでしょう!(笑)


 何とか上陸した芭蕉と曽良は、ここから出羽三山に向かったのである。






投稿者: 霧島


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やはり、忍者だから、人目を避けたに違いありませんね
うん
[ 2010/11/05 01:40 ] [ 編集 ]

芭蕉 忍者説は

かなり信憑性が高いべ!

芭蕉の生まれ故郷、三重県旧上野市(現伊賀市)は
忍者屋敷と芭蕉をたたえる俳聖殿が一緒にあるべ!(爆)

芭蕉の家系は、間違いなく忍者の家系!
家族とか親戚、女性関係などいまだに
謎であるな! これも忍者特有!

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[ 2010/11/05 06:58 ] [ 編集 ]

そういう感じの題材の雑誌掲載の
パソコンゲームをプレイした覚えがあります。
芭蕉が、わびとかさびとか唱える奴…。
[ 2010/11/05 20:36 ] [ 編集 ]

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