愚直な雪 (岩手県 花巻市 - 青森県 十和田市)

乙女の像(十和田湖)
十和田湖畔にある 『乙女の像』 (高村光太郎 作・ブロンズ)



生前の宮沢賢治を高く評価し、尊敬し、世間に知らしめたのが、詩人・彫刻家の高村光太郎である。


 高村光太郎 は、賢治との交友が縁で、昭和20年に岩手の花巻(賢治の実弟 宮沢清六宅 - 賢治の実家)に疎開したが空襲で被災し、終戦後、そのまま花巻の街から10数キロ離れた 「山小屋」(高村山荘)に住むことになったのである。

 真冬には、氷点下20度にもなり、吹雪く日には小屋の隙間から雪が入り込み、寝ている布団の上に雪が積もることもかなりあったとのこと。

 東京生まれの光太郎は、福島生まれの智恵子が憧れていた、「ほんとの空」 と 「深い自然」 を東北・岩手に求めたのかもしれない。



 「冬の季節ほど、私に底知れぬ力と、光に包んだ美しさを感じさせるものはない。。。私は、いつも、最も突き進んだ芸術の究極がこの冬の美にあることを心ひそかに感じている。。。。」 

(高村光太郎 『満目蕭條の美』 より)




 光太郎ほど冬を愛した詩人はいないだろうなー。

 私の布団の上にも雪が積もるほど吹雪いて欲しいなー。。。(笑)








投稿者: 霧島





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乙女の像は、高村光太郎の最後の仕事だったっけな?

[ 2012/01/12 01:42 ] [ 編集 ]

みなさん、どうもです。

光太郎70代の作品じゃなかったかな。。。。

パリ留学から帰ったばかりの光太郎は、アバンギャルド、
新進気鋭の芸術家で日本の古い体制に果敢な戦いを展開してた。

当時、智恵子には婚約者がいたが、そいつから
強引にぶんどって同棲生活をはじめたんだな。

晩年に、花巻の山奥でわびさび的自給自足の生活を送った
光太郎とは別人みたいだべ!(爆)
[ 2012/01/12 22:32 ] [ 編集 ]

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