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上高地  3 (長野県 松本市)

 中部山岳国立公園に含まれる上高地は、国立公園のなかでも最も規制の厳しい 「特別保護区」 に指定されている日本屈指の景勝地であります。

 
 北アルプスの南部、槍ヶ岳(3180メートル)から発した梓川が中央を流れ、周囲を急峻な山々に囲まれた盆地状の長くて狭い谷が上高地であります。

 このような谷がどのようにしてできたかについては、さまざまな説があるようですが、「氷河が削ったU字谷である」 というのが一番有力だと思います。






穂高橋からの眺望
穂高橋からの眺望


穂高連峰や上高地ではけっこう老舗の 「清水屋ホテル」 が望めます。


 清水屋ホテルには、「日本アルプス」の名付け親でもある登山家の ウォルター・ウェストン芥川龍之介高村光太郎 など多くの有名人が滞在しています。

 
 当時、上高地に入るためには、島々集落から2135メートルの徳本(とくごう)峠を超えて、約20キロの山岳ルートをトレッキングするしかなかったのです。

 このあたりのことは、光太郎も詳しく書いてます。

 
 「大正二年八月九月の二箇月間私は信州上高地の清水屋に滞在して、その秋神田ヴイナス倶楽部クラブで岸田劉生君や木村荘八君等と共に開いた生活社の展覧会の油絵を数十枚画いた。其の頃上高地に行く人は皆島々から岩魚止を経て徳本峠を越えたもので、かなりの道のりであった。その夏同宿には窪田空穂氏や、茨木猪之吉氏も居られ、又丁度穂高登山に来られたウエストン夫妻も居られた。九月に入ってから彼女が画の道具を持って私を訪ねて来た。その知らせをうけた日、私は徳本峠を越えて岩魚止まで彼女を迎えに行った。彼女は案内者に荷物を任せて身軽に登って来た。山の人もその健脚に驚いていた。私は又徳本峠を一緒に越えて彼女を清水屋に案内した。上高地の風光に接した彼女の喜は実に大きかった。それから毎日私が二人分の画の道具を肩にかけて写生に歩きまわった。」

(高村光太郎 著 『智恵子の半生』 より)



光太郎は、ここで多くの絵を描いたようです。光太郎記念館?にないですかね?是非、鑑賞したいです。


 また、テニスなどのスポーツに長けていた 智恵子 は、やはり、かなりの健脚だったようです

 当時の智恵子は、長沼智恵子、独身だったのです。新進気鋭の芸術家と美人で画家志望の資産家の娘との上高地でのバカンスは、「美しき山上の恋」として当時の新聞を大いに賑わしたそうです。

 さらに、著書 『日本アルプスの登山と探検』 で、日本アルプスを世界に紹介したウェストンと光太郎、智恵子が、上高地のホテルで交流してたなんて驚きです。

 すごいことです。なんか、わくわくしますね。(笑) 



*高村光太郎、智恵子に関連する記事


 → 「智恵子 記念館 (福島県 二本松市)」(Anthony's CAFE 2010/08/23)

 → 「愚直な雪 (岩手県 花巻市 - 青森県 十和田市)」(Anthony's CAFE 2012/01/10)

 → 「安達太良山~鉄山  1」(Anthony's CAFE 20109/10/26)






穂高橋付近からの眺望
穂高橋付近からの眺望


上高地では、穂高連峰や明神岳に興味を魅かれがちですが、梓川左岸にも魅力的な山があります。


 それが、この山々であります。


 左側にそびえるのが六百山(2450メートル)、右側にそびえるのが霞沢岳(2646メートル)であります。






大正池から穂高連峰を望む
大正池から穂高連峰を望む


西穂高岳(2909メートル)のピークがよく望めます。


 最後に訪れた大正池からの景観は、薄いもやの中でかすんでいました。


 夕方になってくると、瞬く間に雲が広がってきました。今思うに、台風が急速に近づいていたのでしょう。

 
 半日ずれただけで台風の真っ只中でした。超ラッキーでした。まさに、すれすれでした。

 この日は、台風が来る前の、束の間の晴れ間だったのです。






焼岳と大正池
焼岳と大正池


焼岳(2444メートル)は、活火山であります。


 そのため、上高地には良質の温泉が多いのでしょう。


 大正池は、大正4年、焼岳の大噴火によって梓川が堰き止められて誕生しました。

 かつては、池の中に林立する枯れ木も多く、池も大きく、神秘的で美しい池だったようです。

 しかし、今は、梓川が運んでくる土砂によって、池も小さくなり、林立する立木も少なくなってきて、平凡な池に変わってしまったとか。。。。



 → 上高地 公式 HP(上高地観光旅館組合)











投稿者: 霧島





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どうもです。

生前の宮沢賢治を高く評価し、賢治を世に送り出したのが光太郎である。 

その縁で、戦争賛美の詩を多く作ってしまったことを恥じて、賢治の故郷 花巻の山奥で
懺悔の謹慎生活に入るのである。
山奥の過酷な自然環境での自給自足の生活であったが、光太郎は少しも苦にしたかったのである。

光太郎は、「メトロポオル」という詩に、孤独な山小屋生活を描いている。

----------------------------------------------------------------------
智恵子が憧れてゐた深い自然の真只中に
運命の曲折はわたくしを叩きこんだ。
運命は生きた智恵子を都会に殺し、
都会の子であるわたくしをここに置く。
岩手の山は荒々しく美しくまじりけなく、
わたくしを囲んで仮借しない。
虚偽と遊惰とはここの土壌に生存できず、
わたくしは自然のやうに一刻を争ひ、
ただ全裸を投げて前進する。
智恵子は死んでよみがへり、
かくの如き山川草木にまみれてよろこぶ。
変幻きはまりない宇宙の現象、
転変かぎりない世代の起伏、
それをみんな智恵子がうけとめ、
それをわたしくが触知する。
わたくしの心は賑ひ、
山林孤棲と人のいふ
小さな生小屋の囲炉裏に居て
ここを地上のメトロポオルとひとり思ふ。
[ 2012/06/29 22:47 ] [ 編集 ]

どうもです。

ちなみに、「メトロポオル」とはフランス語だべ!

英語では「メトロポリス」!(爆)
[ 2012/06/29 22:53 ] [ 編集 ]

やはり上高地は、いいですねえ
あの辺りの山は、
壁のように、隆起していて、すごいですなあ
[ 2012/07/01 02:56 ] [ 編集 ]

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