啄木歌碑 (東京都 中央区 銀座)

中央区銀座6丁目の並木通りにある 「啄木歌碑」 を紹介します。


 宿泊していた新橋のホテルを出て、朝一で来たのがここでした。

 以前から是非行ってみたい思っていましたが、なかなか実現できず、今回やっと訪れることができました。





「啄木歌碑」 の碑文
「啄木歌碑」 の碑文


銀座のど真ん中になんで啄木の歌碑があるの?と不思議に思うかたもいらっしゃるでしょうね。


 それは、明治期ここに東京朝日新聞社があって、啄木が校正係として勤めていたからなのです。

 明治5年の銀座大火災の後、政府はロンドンの街並みを参考にして、火災に強い大規模な 銀座煉瓦街 を造ったのでした。

 洋風な煉瓦街に生まれ変わった銀座に真っ先に入居したのが新聞社だったのです。


「春の雪 銀座の裏の 三階の 煉瓦造 やはらかに降る」(石川啄木 『一握の砂』 より)


 啄木は、洋風な建物が立ち並ぶ 「銀座煉瓦街」 を毎日見ていたのですねー。。。 わたくしも見てみたいです。(笑)

 でも、なんと、この 「銀座煉瓦街」 を 江戸東京博物館 で見ることができるのです!ただしミニチュアですが。。。(笑)



「京橋の 瀧山町の 新聞社 灯のともる頃の いそがしさかな」 (石川啄木 『一握の砂』 より)


 現在は中央区銀座6丁目ですが、当時の町名は京橋区瀧山町でした。

 この歌碑の向い側に東京朝日新聞社(現 朝日ビル)があり、啄木は、校正係として採用されたのでした。

 採用が決まったとき、「ようやく生活が安定する!」 と、啄木は大喜びだったそうです。

 さっそく、北原白秋のところに駆けつけて祝杯を上げました。よっぽど嬉しかったのでしょうね。共感します。(笑)


 「北原へかけつけると、大いによろこんでくれて黒ビールのお祝い!十時頃陶然として帰つてきた、これで予の東京生活の基礎ができた!暗き十ヶ月後の今宵のビールはうまかつた!」(石川啄木 『啄木日記』 より)






銀座並木通りの 「啄木歌碑」 前面と側面
銀座並木通りの 「啄木歌碑」 前面と側面


かなり立派な歌碑でした。

 
 この歌碑は木をイメージしていて、裏には木にとまっている啄木鳥(キツツキ)の像がありました。

 いやー、すごく凝った作りの歌碑でした。(笑)

 ちなみに、「啄木」 という名は、啄木が書いた 『啄木鳥(キツツキ)』 という詩を読んだ与謝野鉄幹が、「君の心境を最も良く表現している詩だ!」 と褒めて付けた名(雅号、ペンネーム)だそうです。









投稿者: 霧島

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毎度どうもです。

当時 東京朝日新聞社の社員だった啄木が、東京朝日新聞に掲載しようと思って
執筆した評論「時代閉塞の現状」や「所謂(いわゆる)今度の事」は、
アホ編集長(上司)によってことごとく没にされて、新聞に載ることは、なかったのである!! 
啄木は、さぞかし無念だったろう!!

朝日は、啄木の時代がら腐ってたべ!!やっぱ、、朝日は潰すべきだな!!
安倍ちゃん、期待してるぜ!!(爆)

こっちも見てな!(爆)    ↓
http://tf.cocolog-nifty.com/skier/2014/05/post-0092.html
[ 2014/12/16 21:17 ] [ 編集 ]

毎度どうもです。

啄木が執筆したこれらの評論は、高い評価を得ているな。
「20代の若者が書いたとは、とても信じれらない内容だーー!!」
「やっぱ、啄木は天才だーー!」と言う感じだべ!(爆)
[ 2014/12/16 21:36 ] [ 編集 ]

石川啄木ですか
うーむなるほど、
これは確かに、立派な歌碑ですねえ
[ 2014/12/17 19:05 ] [ 編集 ]

どうもです。

一番立派と思われるのが、札幌の大通公園にある歌碑だな。

なんと、歌碑の隣には啄木の像があるのだ!(爆)  ↓

http://blowinthewind.net/bungaku/takuboku/takuboku-sapporo.htm
[ 2014/12/19 07:51 ] [ 編集 ]

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