ミコちゃん降霊帳 第一話 「恐怖の女子水泳部」 (ショート・ストーリー)

ミコちゃん降霊帳


 気がつくと、あたしは、保健室のベッドの上にいました。

「大丈夫? ミコちゃん、目が覚めた?」

 あたしの親友、古神真理(こじん・まり)――通称マリちゃんが、ベッドの傍らから、あたしのこと、心配そうに見つめています。

 あたしは、自分がなぜ保健室で寝てたのかということが、全然わかっていなかったし、それに、まだ頭がぼうっとして、目の前に霞がかかったようだったけど、取り敢えずマリちゃんを安心させなきゃと思って、こう言いました。

「マリちゃん、その尋ね方は少しおかしいわよ。『大丈夫?』と聞かれて、あたしがその質問に対して何らかの回答を示した場合、その事実は、即座にあたしが現在目覚めていることを意味するわ。とすると、あたしに対して『大丈夫?』って尋ねた後で、『目が覚めた?』って聞くのは、全くの無駄ってもんじゃないかしら」











投稿者:クロノイチ


「……どうやら大丈夫みたいね」
「あら、あたしの答えも聞かないで、どうしてあたしが大丈夫だってわかるの?」
「その屁理屈聞いてりゃわかるわよ」
「あっ、そう。ホント?」

 そう言いつつ、あたしはマリちゃんの表情を窺いました。今ではすっかり、マリちゃんの表情から、険しさが消えています。あたしの方も、話してるうちにどうやら調子が戻ってきたみたいで、もう、大丈夫なふりをする必要もなくなりました。

「ところでさ、マリちゃん。あたし、どうしてこんなところで寝てるのかな?」
「覚えてないの?」
「うん」
「ミコちゃん、あんた、今、学年中の笑い者よ。だって、プールで泳ぎながら眠っちゃったんだもん」
「やだっ! ホントに?」

 背筋に冷たいものが走ります。

「ホントよ。それもね、一年生全員の目の前でよ」
「聞かせて! あたし、プールに入ってからのこと、全然覚えてないんだ。――あたし、どんなふうだった?」
「あんたの泳ぎ、物凄く速かったわよ。あれは男子のクロールよりも断然速かったわ。そいでね、あんた、ダントツのトップだったのに、ゴール寸前でいきなり手足の動きがぴたっ、と止まっちゃったのよ。みんな、びっくりしたなんてもんじゃなかったわ。心臓マヒで死んだのかと思ったもん。先生方なんか全員真っ青よ。あの人達のことだから、マスコミに、学校側の事前の健康チェックの不備を批判されるんじゃないかとか、下手すると訴訟沙汰にもなりかねないぞとか、考えてたんだろうけどね」
「まあ、そんなところだわね」

 先生方の顔を一人一人思い浮かべながら、あたしは、相槌を打ちました。

「んでね、慌てて引き上げてみたらね、あんた、幸せそうにすやすや寝てたのよ。みんないっぺんに気が緩んで大笑いしちゃった。でも、種目が、背泳ぎでなかったら、あんた、呼吸できなくてマジに窒息死してたかもよ。――ああ、そうそうミコちゃん、あんた、一位だったわ。途中で寝ちゃっても、惰性でトップのまんまゴールインできるんだから、あんたって、やっぱ凄いよね」

 マリちゃんが早口でまくし立てた言葉の内容から、あたしは、自分の身の上に起きたことを、だいたい理解することができました。そして、その時あたしは、心の中でこう叫んでいたんです。橘風太(たちばな・ふうた)のバッカヤロー!




 あたしの名前は神懸美子(かみがかり・みこ)。ミコちゃんで通っています。私立聖バーナード学園高等部の一年生で、んでもって、部活動はまだやっていません。血液型はB型で、誕生日は三月五日です。

 あたしは、学校ではかなり有名な存在だと思います。容姿端麗にして、テストは常に満点。その上スポーツも万能で、他にも学校生活において必要とされるありとあらゆる分野で、常時学年ナンバーワンの実力を発揮するスーパーレディ。――それがあたしです。いいえ、正確にいうと、あたしが学校で演じている神懸美子です。でも、みんなそれが本当のあたしだと信じています。

 けど、実は違うんですよね。本当のあたしは、たった一つだけ、常人にない能力を持っているんだけど、その他は、容姿端麗以外に何の取柄もないような、ごく平凡な女の子なんですよ。つまり、そのたった一つの特別な能力こそが、スーパーレディ・神懸美子を造り出す秘密の力ってわけです。

 びっくりしないでください。あたしは、霊媒師ってやつなんです。それも、とっても特殊なタイプ。

 あたしは、降霊術によって呼び出した霊を自分に憑依させて、その霊にあたしの精神の代理をしてもらうことができるんですよ。

 その際、知能や技能などのあらゆる能力は、その霊が自分に対して持っている認識通りのものに概ね変わります。どういうことかというと、霊に憑依されたあたしは、姿形以外は、その人物の属性をそっくり受け継ぐんです。まあ、運動能力なんかは、華奢なあたしの身体では再現しきれない場合もありますけどね。

 ただし、降霊できるのはどういうわけか生霊だけで、死者の霊はダメです。ちょっと使い勝手が悪いですね。

 で、憑依されている間、あたしがどうなっちゃってるのかというと、魂というか意識は、何だかよくわからない霊界みたいな場所へ飛んでいってます。だから憑依された自分がどう行動し、何を経験したかってことについては、あたしにはさっぱりわかりません。

 けど、憑依した生霊はあたしの記憶の影響を受けていて、自分が神懸美子であると認識し、あたしがやるべきことをちゃんとやってくれます。しかも、その時の記憶は、元の肉体に戻ったらきれいさっぱり消滅してしまうんで、後腐れ一切なし。

 ま、一長一短ありますが、基本的にとっても便利な能力です。

 なのに。あーあ。失敗なんて、ここしばらくなかったのになあ。――思わず溜息が漏れてしまいます。




「さ、ミコちゃん。帰ろう」

 マリちゃんが、あたしの説明の終了を待ち構えていたようなタイミングで言ってきました。

「え、ホームルームは?」
「そんなのとっくに終わっちゃったわよ」
「え、そうなの? なんか変わったことあった?」
「ミコちゃんの容体についてちょっと説明があって、なんかみんなウケてて、後は別に、いつも通りじゃなかったかな」
「ウケてて、って……」

 思わず絶句。一応、気を取り直した振りをして、平然とした表情を作ってはいますが、心の中はまだまだ穏やかではありません。

 失敗の原因はもうわかりました。順を追って説明しますね。

 今日は午後から、一学年の水泳大会がありました。クラス別の対抗戦なんですけど、うちのクラスの女子に、背泳ぎできるのがいなくて、そこで、一応スポーツ万能という肩書を背負ってるあたしが、選手として選ばれたんです。でも、あたしって、本当はカナヅチなんですよ。それで、やっぱり、今回も降霊術、使うことになりました。

 ところが、困ったことに、あたし、背泳ぎがうまい人、一人も知らないんです。オリンピックのメダリストなら名前ぐらいは知ってるけど、ある程度近い距離にいてくれないと、降霊は無理なんですね。

 それで、あたし、切羽詰まっちゃって、テストの時にいつもご厄介になってる、橘君を降霊することにしました。

 橘風太――通称「心のしもべ一号」。彼の凄いところは、なにをやらせてもトップレベルだってことです。勉強は、あたしに次いで二番。あたしに憑依して全問正解の答案を書き上げた後、我に返ってからの僅かな時間で自分の答案をほとんど仕上げてしまうという、天才君です。一度解いた問題をもう一回書き込むだけだといっても、やっぱり相当に大変だと思うんですよ。スポーツも万能で、ほぼ全ての男子運動部から勧誘を受けていると聞きました。あたしのスポーツテストの結果が抜群なのも、彼のおかげです。

 だからこそ、、今回も「困った時の橘頼み」でいいんじゃないかと思ったのが運の尽き。

 失敗の原因はたった一つ。この橘君を降霊前にどこかに一人で閉じ込めておかなかったことです。霊体の抜けた肉体は文字通り魂の抜けた虚脱状態になるんですが、強い刺激を受けると、憑依した霊が我に返って元の身体に戻っちゃうんですよね。うっかりしてました。学年全員がプールサイドに勢ぞろいしてるんだから、心が抜け落ちた橘君が誰かに強く揺さぶられる可能性が高いことぐらい、少し考えればすぐにわかることだったのに。

 でもって、こういう降霊術の異常終了の時は、決まって霊体のバトンタッチがうまくいかないんですよ。察するに、プールの中であたしの身体、魂のない状態がしばらく続いたんじゃないかな。それがプールサイドの人達には眠ったように見えたと。

 まあ、見通しが甘かったと素直に認めましょう。うん。認める。済んだことは仕方ないし、橘君を恨むのはお門違い。んでもやっぱり。――橘風太のバッカヤロー!
 


 というわけで後悔と反省の念にどっぷりと浸かりながら帰るとしますか。

 今日のあたしん家は、あたしが夕食当番なんですよね。だから急がなきゃ。いつもは当然の如く母さんが夕食を作るんですが、今年からあたしの厚意で、週に一回だけは必ず、母さんに休息日をあげることにしたんです。親孝行でしょ。実は無理やり押しつけられ──なんてことはないですよ。厚意です。親孝行です。ホントです。

 もっとも、実際に作ってるのはあたしじゃなくて、あたしに憑依した「心のしもべ二号」なんですけどね。肉体だけは間違いなくちゃんと休ませてあげてるわけだし、勘弁してねって感じ。

「ミコちゃん、ちっとも動こうとしないわね。帰らないの?」

 唐突にマリちゃんがせっついてきました。

「あ、ごめん。考え事してた」

 ま、こんなとこでウダウダ考えてても仕方がないですね。さっさと帰り支度しましょう。どうせこれから邪魔が幾つも入って帰宅時刻が遅れるのは見えてるんですけど。

 うちの学校は、課外クラブが三十二あるんですが、そのうち三十一の部から、あたしは強く誘われてます。男子部までがマネージャーになってくれって、もうしつこいしつこい。夏休みがすぐそこまで迫っているというのに、未だに放課後、必ずどこかの部の人達に絡まれちゃいます。勿論、最終的には何とか勧誘の連中を振り切って帰ってこられますけど、結構厳しい日課です。ホント鬱陶しいったらありゃしない。

 あたし、部には入れないんです。長い部活動の時間、ずっと降霊術を使い続けるなんて無理ですから。いつか絶対にボロが出ます。かといって、マネージャーもやりたくありません。他人に尽くされるのは滅法好きですけど、尽くすのはちょっと。

「そういや、言い忘れてたけど、女子水泳部の連中が、さっきから、とんでもないカッコで、あんたを捜し回ってるって話よ」

 急に眉を顰めてマリちゃんが言います。

「え! じょ、女子水泳部が!」

 あたしは絶句しました。

 女子水泳部は、今まであたしを勧誘してこなかった唯一の部です。

 女子水泳部は、変わった部が多いうちの学校の中でも、極端に異常な部として知られています。なんでも、二年ほど前、校史に残るほどの究極の変態が四人集まって創部したものだそうで、その際、学校の公認をもらうために、大勢の罪もない生徒が、無理やりサクラの部員として狩り集められたと聞きました。

 とにかく、その変態達の圧倒的な異常ぶりと、目的のためには手段を選ばない卑劣さが半ば伝説みたいになって、目下女子水泳部は、全校生徒の恐怖の的となっています。

 例えば、家庭科の調理実習の現場に押し入ってきて、水の火あぶりは許さん、と言ってお湯を全部捨ててしまったとか、書道の時間の後、筆を洗っていた人を、水を汚すな、と言って殴ったりとか、乱暴な奇行を挙げればきりがありません。

 天下無敵のこのあたしですら、今、ふと女子水泳部のことを思い浮かべただけで、突然ひどい悪寒に襲われ、くしゃみと鼻水が止まらず……。

 あれ? これって風邪だわ。よく考えたら、あたし今、素っ裸でした。水着のまま眠っちゃったはずだから、保健室でベッドに寝かされる際に脱がされたみたい。

 それはともかくとして、地獄の変態集団・女子水泳部の連中に付け回されないでいられるだけでも、九死に一生を得たようなものだったんです。どの部も喉から手が出るほど欲しがっているこのあたしに見向きもしないってのも、あの連中の異常さのゆえだろうと思って、その点、ほっとしていたのに、その連中が、今さらあたしに何の用があるというんでしょう。

「凄いくしゃみしてたけど、大丈夫?」
「大丈夫よ」
「そ。よかった。だったら、あの連中に見つからないうちに、さっさと帰ろ」

 マリちゃんがさっきからやたらと「帰ろう」を連発していた理由が、ようやく呑み込めました。あたしも同感です。──でもねえ……。

「そうしたいのはやまやまなんだけどね」

 あたしは、ベッドと掛布団の間から片足を高く突き出して、膝から先をぶらんぶらんしてみせました。

「あら、ミコちゃん、ハダカ? ――そうか。そういえば、服と内履き、更衣室に置きっ放しだったわ。待ってて。取ってきたげるから」
「サンキュー。――あ、ついでに保健の先生呼んできて。帰るって報告しなきゃ」
「先生、三時から出張だって。勝手に帰ればいいわよ」
「あっ、そう」
「んじゃ、行ってくるね」

 マリちゃんは、ぱたぱたと軽い足取りで保健室を出ていきました。

 んじゃ、あたしは、マリちゃんが戻ってくるまで、ボーッとしてましょう。



 はて、ずっとボーッとしてたんで、時間の経過がよくわからないんですけど、なんだかマリちゃんの帰りが、とっても遅いような気がします。どこかで油を売ってるんでしょうか?

 と、思ったその時です。保健室のドアが荒々しく開けられました。そして、揃いも揃っていかつい顔をした、ハイレグビキニ姿の四人組が、室内に押し入ってきたのです。

「あっ、マリちゃん!」

 赤い水着を着た、四人組のリーダー格と思われる一人が、ぐったりとなったマリちゃんを、あたしの目の前に放り出しました。

「ごめん……ミコちゃん。服や内履きの代わりに、こんな奴ら連れてきちゃって」

 マリちゃんは、苦痛に表情を歪ませながらか細い声でそう言い終えると、途端に意識を失いました。よっぽどひどい仕打ちを受けたんでしょう。――親友を傷つけられ、あたしの心に、怒りの炎が燃え立ちました。絶対に許せません。

 あたしは、シーツを身体に巻き付けるや、すぐさまベッドから降り立って、四人組を睨みつけました。

「あんた達、女子水泳部ね!」
「ご明察! よくわかったわね」

 リーダー格は感心したように言いました。聞くまでもなく、この人が部長でしょう。

「そのハイレグの水着を見れば、誰が見たって一目瞭然よ!」
「なるほど。さすがは学年一の秀才のことはあるわ」

 なんだか、物凄く馬鹿にされている気分です。――とはいえ、今はそんなことに目くじら立ててる場合じゃありません。

「あんた達、マリちゃんに何をしたの!」
「あなたの居場所を教えてもらっただけよ。ほら、この娘、あなたといっつもつるんでるじゃない。よく見掛けるのよ。折よく出くわしたから、あなたのこと、ちょっと尋ねてみたの。手荒な真似は本意ではなかったんだけど、抵抗するもんで、仕方なく、ね」
「何が『仕方なく』よ!」
「落ち着いて。あたし達女子水泳部は、あなたの味方。あなたを救いにきたのよ。――神懸さん、あなた、狙われてるんだから」
「変なこと言わないで。狙ってるのはあんた達の方でしょ。あたし、絶対に女子水泳部には入らない! あたしはね、あんた達のような、卑劣でアブノーマルな人間が大嫌いなのよ!」
「まあ、失礼ね。そりゃ確かにあたし達は卑劣なことが大好きよ。それは自信をもって認めるわ。だけど、あたし達のどこがアブノーマルだっていうの? 侮辱は許さないわよ」
「ハイレグ着て、女子水泳部を名乗って女言葉を使う男どもの、どこが、どこがっ、まともなのよ!」
「そう言われると、自信がなくなってきちゃうな」
「部長、しっかりしてください」

 それぞれ黒と青と黄色の水着をつけた、三人の女子水泳部員が、声を揃えました。

「ありがとう、頑張るわ。――ところで、神懸さん。あなた、マジな話、本当に狙われているのよ」

 そう言われたって、相手が相手だけに全然信用できません。

「じゃあ聞くけど、なんであんた達、あたしなんかを救いたがるわけ?」
「今日の水泳大会のあなたが、素敵だったから」

 ひええ。泳ぎながら眠って、なおかつトップでゴールインした異常さが、異常なこの人達の波長に合ってしまったんでしょうか? これは、とってもまずいことです。――それにしても、この人達、みんな三年生のはず。やっぱり、授業をサボってあたし達の水泳大会、見てたんでしょうかね。

「あたし達は、長い間、捜していたの。五人目の、そして、最後の同志を」
「それが、あたしだっつうの? 冗談じゃないわ」
「黙ってお聞きなさい。あなたは選ばれた人間なのよ。あたし達の同志になれる人間は、もはやあなたしかいないの。――さあ、あなたは今日から『背泳ピンク』になるのよ。それが、あなたに残された唯一の道」
「ちょ、ちょっと待ってよ。背泳ピンクなんて、あたしは知らないわ」

 突然女子水泳部の部長が、妙なことを言い出したので、あたしは面食らってしまいました。

「背泳ピンク、それは水の戦士。――ある時、水があたし達の心の中に、こう訴えかけてきたわ。『我を――水を護れ』と」
「んで?」

 もうあたしは真面目に聞いてません。眉に唾をべたべた塗りたくってます。

「水は生きているのよ。世界中の水全体で、一つの生命体を構成しているの。あらゆる生き物は、水が持つ莫大な生命力のほんの一部を貸してもらっているに過ぎない。ところが愚かな人間達は、その母なる水を、重金属や有機物や、放射性物質でどんどん汚染し、殺そうとしているわ」
「それから?」
「今、水は凄まじい勢いで衰弱してきているの。このままでは、水の生命はあと数年ともたない。水が死ねば、地球上の全生物は一瞬にして滅びてしまうのよ」
「ふうん」
「女子水泳部とは世を忍ぶ仮の姿。あたし達は金儲けに日夜明け暮れる、薄汚い人間どもの魔の手から、美しい生命の水を守るため、水によって選ばれた水の戦士。――その名も『フリースタイルレッド』!」
「『バタフライブラック』!」
「『平泳ぎブルー』!」
「『シンクロナイズドスイミングイエロー』! ――ああ、面倒くさい名前」
「我ら、『水泳戦隊スイレンジャー』!」

 女子水泳部の連中は、赤に始まって、黒、青、黄色の水着の順番で、次々に名乗りを上げると、最後に合同で決めポーズをとりました。見ていたあたしがあきれたのは、いうまでもありません。――やっぱりこいつらとびっきりの変態だわ。

「そして、神懸さん。あなたが五人目のスイレンジャーなのよ。スイレンジャーになれるのは、世界でたったの五人だけ。そうよ、スイレンジャー最後の一人、背泳ピンクがあなたなの」
「なんであたしが、そんなしょうもないもんにならなきゃなんないのよ!」
「水が言っていたわ。遭難して疲れきっているわけでもないのに、泳ぎながら眠ることのできる者、それがスイレンジャーになるべき人物だと」
「それじゃあ、あんた達も……!」
「そうよ。あなたと同じ、泳ぎながら眠れる選ばれた人間よ。あたし達はあなたの出現をずっと待っていた。水の言葉を信じて待ち続けた甲斐があったわ。水の大いなる意志により、スイレンジャーは全てこの学校に集結することが、定められていたのよ。――さあ、女子水泳部にいらっしゃい。あなたが来れば、スイレンジャーは本格的な活動を開始できるし、あなたを危険な奴らから守ってだってあげられる」
「べーだっ!」

 あたしは、顎まで届くくらいに、思いっきり舌を出してやりました。

「あたしがそんな子供だまし、鵜呑みにすると思う? あたしは、あんた達を絶対に許さない、って言ったはずよ」
「言ってないって」

 シンクロナイズドスイミングイエローの人が鋭く指摘してきました。確かめてみたら本当に言ってませんでした。心の中では思ってたんですがね。

「じゃあ、今言うわ。よくも関係ないマリちゃんを痛めつけてくれたわね。あんた達のような卑劣な連中は、このあたしが絶対に許さない!」
「わからない人ね」
「わかりたくもないわ」
「でもね、神懸さん。事態はあなたの意志に関わらず切迫してきているの。このままあなたを野放しにしておけば、きっと奴らは、あなたを襲って再起不能にしてしまうわ。そうなれば、もうスイレンジャーもおしまい。スイレンジャーは五人揃わないと、本来の能力を全然発揮できないの。――どうやら、どんな手段を用いても、あなたをあたし達の保護下に置くしかないようね」
「やる気?」
「ええ。そのシーツをはぎ取らせていただくわ。それから、あなたの全裸の写真をいっぱい撮るの。その写真、どうしましょうか? ――ほら、言うこと聞きたくなってくるでしょ」

 女子水泳部の部長は、どこからともなく使い捨てカメラを取り出すと、じりじりとあたしに迫ってきました。

「汚い。卑劣すぎるわ。あんた達、それでも正義の味方、やってるつもりなの?」
「ノーノー。あたし達、水は護っても、正義は守らない」
「威張って言える台詞?」
「うん! ――みんな、やるわよ!」
「オー」

 女子水泳部の四人が、あたしの周りを取り囲みました。みんな、いやらしい目つきで、あたしを見つめています。大ピンチです。ここは降霊術を使うしかないでしょう。

 でも問題が一つ。いったい誰を降霊させるべきか。こういう事態の時は、荒事にも対応できる橘君が鉄板なんですが、彼が今、何をしているのかわからないのが不安です。例えばもし、階段を駆け下りてる最中だったとしたら、大怪我をさせかねません。ま、あたしが怪我するわけでもなし、別にいいか。ひとまず最終手段としてキープ。まずは……おっ、ナイスアイディアを思いつきました。さすがあたし。これで勝てる。

「あんた達、四対一でよってたかってなんて、はっきり言ってクズね。勇気があるなら、一人ずつ順番に掛かってきなさい。強い奴からでいいわ」

 思いっきり上から目線で挑発します。すると、女子水泳部の部長が一歩前に進み出ました。予想通り。体格が残りの三人とは全然違います。

 よし。強い者は敵でも使え。

 あたしは、右手を天井に向けて真っ直ぐに伸ばし、人指し指と中指を突き出しました。次いで、左手を前方に伸ばして、人指し指と親指を突き出します。そして、精神を集中。腹の底から息を絞り出すようにして、呪文を唱えます。

「ウエルカムウエルカム・ライライライ、来たれ我が心のしもべよ」

 よし。女子水泳部の部長の目が虚ろになって、身体がふらつき始めました。あたしの身体に部長さんの生霊を呼び込めたみたいです。あとは、最後の一声とともに、あたしの魂が肉体を離れ、降霊術の完成となります。

「――降霊!」

 一瞬にして、あたしは霊界らしき世界へとやってきました。ここは、人の意識が具象化する世界です。取り敢えずお花畑でも作って、ゴロ寝でもしてましょう。

 あたしのことは、もう女子水泳部の部長に全部丸投げしてあります。目指せ同士討ち。あたしの作戦通りにうまくやってくださいよ。くれぐれもあたしの身体を傷つけないように。

 それにしても、一人称でやってるために、憑依された後のあたしの描写をしなくていいってのは、とっても楽ですね。

 ま、あたし、これまでだって、別に大した描写はやってませんけど。――降霊術をとったらただの人、っていうのが、あたしの設定なもんで、描写力も、ただの人のレベルそのままなんですよ。それがリアリティってもんです。そうじゃありませんか?

 さあて、ただゴロ寝しててもつまらないですから、暇つぶしに、何か小話でも考えてましょうかね。


 ミコちゃん劇場・一 『峠の茶屋』

 気分は時代劇。とある峠の茶店にて。


「おや、お侍様。いらっしゃいませ」
「婆さん。すまぬが茶を一杯もらえぬか。喉が乾いてたまらぬのだ」
「さようでござりまするか。されど、ただいま、あいにくと茶を切らしておりまして、出がらししかござりませぬ」
「いや、出がらしでかまわん。頼む」
「今、『出がらしで、かまわん』と仰せられましたか?」
「ああ。早く頼む」
「本当にそんなもの注文なさるんで?」
「人の注文にケチをつけるな。早くしろと言っておろうが」
「は、はい。かしこまりました」
「おい、何をしている。茶碗に鎌などくくりつけて」
「『鎌碗』でござりまする。今、注文なされたではございませぬか」
「ふざけているのではあるまいな」
「滅相もないことでござります。鎌碗は、この地方の風習でございまして。――はい、どうぞ」
「妙な風習だな。まあ、こっちは茶さえ飲めれば……。――うおっ! な、何だ、この味はっ! かっ、辛い。クソ辛いではないか。まるで、辛子を湯に溶いたような……。はっ、まさか、これは……」
「『出がらし』でござりまする」
「これも、この地方の風習か?」
「はい」
「ああ、辛かった。口直しだ。水をくれ」
「はて? 水とは何のことでしょう」
「水は水だ。知らぬとは言わせぬぞ」
「知りませぬ」
「ババア、拙者を愚弄する気か」
「とんでもないことで。本当に心当たりがないのでござります」
「馬鹿な。川を流れておろうが。空から雨となって降ってくるだろうが」
「ああ、湯の冷めたやつのことでござりまするな。なるほど。それを他所では水というのですか」
「湯の冷めたやつ?」
「この地方は火山活動が盛んで、あちこちに温泉がございましてな。それで、湯という言葉の方が一般的なのでござりまするよ。――水という言葉なぞ、わしは初耳。これがホントの『水知らずの人』」
「クソババア! その下らぬ洒落を言いたいがために、水を知らぬなどと申したな」
「おみそれしました」
「斬られたくなかったら、さっさと水を持ってこい!」
「はいはい。水なら向こうに。――これがホントの『向こう水』」
「斬るぞ」
「ど、どうぞ、平にご容赦を。――はい、水でござりまする」
「む。確かに水だ。だが、ちょっと硫黄臭いな」
「何しろ、温泉の湯をただ冷ましただけでござりまするゆえ、硫黄臭いのは致し方ないことかと……。――これがホントの『水臭い』」
「許さん! 絶対に斬る!」
「まあまあ、落ちついて」
「落ちつけるものかっ!」
「では、オチもつきませんで、まことに申し訳ござりませぬが、この辺で……」
 
                                  
 こちらは霊界? です。会話文ばっかりの小話はいかがでしたか? 女子水泳部の部長が、水の話なんかするもんで、つい水をテーマにしてしまいました。

 あたし、実は気の利いた親父ギャグとか冗談、とっても好きなんですけど、少しハズす確率が高いもんで、天才美少女の知的なイメージを守るため、人前では言うのを我慢してるんです。ツライわあ。


 あら、ここは?


 何の前触れもなく、周りの景色がクルリと変わりました。どうやら保健室に戻ってきたみたいです。


 辺りを見回すと、室内は、薬やら何やらが目茶苦茶に散乱し、ひどいありさまになっていました。保健の先生、明日、ここに来たらきっと、卒倒しますね。

 床には四人の女子水泳部員がぶっ倒れています。まずは降霊した女子水泳部の部長に部員を攻撃させる作戦、うまく行きました。で、とどめに、虚脱状態の自分自身の身体を思いっきり踏んづけさせて、作戦終了。ラッキーなことにあたしは無傷。女子水泳部の部長が思いのほか強かったってことですね。

 さて、この後のことはあまり心配してません。仮にこの事件が問題となったとしても、あたしは正当防衛を主張できますから。保健室の破壊を含めて、何もかも女子水泳部が悪いということで、片づけてしまえるような予感がします。ザマーミロです。――けど、うちの学校は、絶対権力者である理事長の強力な意向があって、生徒の行動には、とても寛大なんですよ。ま、女子水泳部の連中が退学になるなんて事態は、まず起こらないでしょうね。

 おや、一人、まだ意識があるみたいです。

「か、神懸さん……」

 女子水泳部の部長が、床の上に横たわったまま、必死の形相で、あたしに話し掛けてきました。

「あたし達は、諦めないわよ。きっと、あなたを……背泳ピンクにしてみせる」
「イーヤですよー」
「あなたがいなくては、水泳戦隊は不完全なのよ。お願い。水の……水の声を聞いて。水の悲鳴に耳を傾けて。あなたになら聞こえるはずよ」
「そんな非現実的なこと、聞く耳、持ちません」

 あたしは、自分の能力のことを棚に上げてそう言ってやりました。

「なら、せめて、あたし達が元気になるまで無事でいて……」
「あたしが狙われてるってこと? ――それ、あたしを部に引き入れるための口実じゃなかったの?」
「違うわ。信じて。この期に及んで、嘘は言わない。――うっ!」

 あ、女子水泳部の部長が、一際苦しそうな表情を浮かべました。こいつはまずいパターンになりそうな気がします。

「じゃ、いったい、どこの誰があたしを狙ってるっていうの?」
「――『ジュエリー』に気をつけなさい……」

 女子水泳部の部長は、それだけ言って、あっさり意識を失いました。――こら! 肝心なことが何一つわからないじゃないの。せっかく変態なんだから、ありがちな展開のパターンを打破してみなさいよ。

 ともあれ。

 ああ、ヤな気分。かわいくて、明るくて、頭がよくて、スポーツ万能で、その上、気立てのとってもいい、このあたしが、なんだって「ジュエリー」とかいう、わけのわからないものに、狙われなきゃなんないの? ――といったことは、全然考えてません。だって、あたし、自分に自信もってますもん。いまだかつて、挫折というものを知らずに育ってきてるんです。怖いものなんて何もありゃしませんよ。

 あれ、そういや、今、何時だろ。

 唐突に現在時間が気になったあたしは、すぐさま保健室の掛時計を見やりました。

「うっそー!」

 なんということでしょう、もう五時を過ぎているではありませんか。

 があああああん! 今から食品スーパーによって食材買い揃えてから帰ったんじゃ、どんなに急いでも七時が精一杯。お母ちゃ──母さんに「遅い」って大目玉食らうわ。

 まずい。うちの母さんチョー怖いんです。もはやこれ以上出発を遅らせるわけにはいけません。ですが、ですがっ、着るべき服がないんです。どうしましょう!

 困りました。マリちゃん、まだ目が覚めてないもんで、しばらくはあたしの服、取ってきてもらえそうにありません。かといって、シーツを巻きつけただけの姿で、人が通るかもしれない廊下を通って女子更衣室へ行くのも、やっぱり恥ずかしいし。

 ん? ――そうだ! いい方法があったっ!




 まあ、名案は名案だったんですけど、あーあ、あたしって、ホントに友達甲斐のない女ですね。二分後の今、あたしは、ちゃんとした制服姿で、女子更衣室への廊下をひた走ってるわけなんですが、どうも後ろめたいんですよね。えっ? その制服、どこから手に入れたって? ――では、問題です。保健室のベッドの上で寝てるマリちゃん、実は今、素っ裸なんですよね。いったいどうしてでしょうか?
                                            第一話  完


 ン十年前に書いた、お恥ずかしい文章を若干手直してアップしてみました。主人公の頭があまり良くない設定なので、はっきり言って地の文が壊滅しています。続きの話も勿論あるんですが、時代に合っていない部分があるため、大幅に修正が必要です。そのうち書きます。
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