特大家族 第一章 「アレ」 の達人 その2 (小説)
マイクロバスは南波市の市街地を抜け、田園風景の真っただ中を時速四十キロメートルの制限速度を律儀に守って走っていた。
減反政策の影響を受け、本来稲が植えられているべき場所に稲以外の作物が育っている光景が当たり前のように見られる。あちこちで目立っているのはヒマワリ畑の看板だ。
かわいらしいヒマワリのイラストが多く描かれているところを見ると、観光資源として当て込んでいる部分があるらしい。ただ、今は看板のみがあり、その周囲にヒマワリの姿はなかった。
そこは転作作物の大麦が刈り取られたばかりの田で、ヒマワリの種はこれから蒔かれるようである。お盆の頃には、地上およそ二メートルの空間に小さな太陽が暑苦しいくらいに並ぶことになるのだろう。
投稿者:クロノイチ
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減反政策の影響を受け、本来稲が植えられているべき場所に稲以外の作物が育っている光景が当たり前のように見られる。あちこちで目立っているのはヒマワリ畑の看板だ。
かわいらしいヒマワリのイラストが多く描かれているところを見ると、観光資源として当て込んでいる部分があるらしい。ただ、今は看板のみがあり、その周囲にヒマワリの姿はなかった。
そこは転作作物の大麦が刈り取られたばかりの田で、ヒマワリの種はこれから蒔かれるようである。お盆の頃には、地上およそ二メートルの空間に小さな太陽が暑苦しいくらいに並ぶことになるのだろう。
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片側一車線、歩道もない道幅七メートルの市道は信号機も少なく、行き交う車も滅多にない。緩やかな傾斜の上り道が山に向かって続いている。進行方向に小学校があるらしく、大きな交差点の手前の電柱には皆、交通安全の立看板がくくりつけられていた。全て手製であり、同一人物の筆跡である。ほとんどは「飛び出し注意」「スピード落とせ」といったお決まりの言葉がペンキで書かれているだけのありきたりのものだ。が、時たま 「この看板見た者、わき見運転」 とか 「居眠りドライバー、起きなさい」 とか 「のこぎり引いても人ひくな」 とか 「ジコチュー、事故注意!」 とか、ふざけているとしか思えないがそんなに面白くもない微妙な文言も紛れ込んでいて、製作者の本性を垣間見せている。
やがて道沿いに、鉄棒やジャングルジムや雲梯が並んだグラウンドが見えてきた。その先の古びた木造の校舎── 市立高見小学校の前にバスは停まり、待ち構えるようにしていた赤いランドセルの小学生(いずれも六年生女子)三人組を乗せる。バスの中ではまたしても 「ただいま」 と 「おかえり」 の声が飛び交い、次いで最後列の席に陣取った小学生の楽しげなお喋りが始まって、騒々しさが一気に増した。
実はこのバスに乗っている者は、運転手以外、全員が四親等以内の親族である。姓は違っても同じ一族であり、同じ家に住む家族なのだ。バスの中は茶の間も同然だった。気兼ねの要らないくつろぎの空間である。
「── ところで」
千春子が、ふと思いついたといった顔で、楓の目を覗き込んだ。
「今日っちゃ、第二月曜日やよね」
「そ、そうかな」
一瞬、楓の視線が泳ぐ。
「かなめちゃん、早く帰っとるがいよね」
「そ、そうかも」
「なら、当然、かなめちゃんのお世話係も帰っとるってことにならん?」
「まあ、特別な事情がなければ、帰ってるんじゃないかな」
千春子の目が怜悧な輝きを帯びた。
「かえちゃん、手首が痛いって嘘でしょう!」
「うわ!」
いきなり標準語でズバリと事実を指摘されてしまい、楓は泡を食った。前席の背もたれに両手を突いて、がっくりと顔を伏せる。
「ど、どうして、わかったの?」
「湿布もしとらんし、顏見ててもちっとも痛そうやないし。バレバレやちゃ。──かなめちゃんのお散歩タイムが終わったら、どっかで
仲良うなと彼氏と手を握り合っていいことするつもりやったんやろ?」
「ちょっと、千春! 誰が彼氏よ! 誤解されそうなこと言わないでよ」
「手ぇ握り合うって方は否定せんがや」
顔を真っ赤にして抗議する楓を、千春子がいたずらっぽい表情で見る。明らかに反応を楽しんでいる顔だった。
「ちょ! ──それも誤解を招く言い方。わざと言ってるわね」
「やけど、間違いじゃあないちゃ」
「それはそうなんだけど……。──待って!」
追いつめられて視線のやり場を失った楓が、誰かに聞かれてはいないかと後ろをチラっと覗いた時、はたと異変に気付いた。バスの中の誰もが、彼女と視線が合いそうになった一瞬、目を逸らしたのだ。気付けばいつの間にか、バスの中から小学生の賑やかなお喋りが消えている。全員が聞き耳を立てている気配を察して、楓と千春子は顔を見合わせた。
「楓、彼氏ができたんだって?」
バスの中で唯一の男子生徒が、興味津々の面持ちで楓達の真横の座席に移ってくる。黒縁眼鏡と優等生然とした理知的な風貌が特徴的な彼の名は、宮城速彦(くじょう・はやひこ)。千春子と同じ高校の普通科三年生である。
「はっ! 彼氏なんかじゃないから! むしろ敵だから!」
「敵?」
速彦は、楓の剣幕に気圧されて、瞬間、きょとんとなった。浮いた話が聞けるかもと密かに期待していたからである。そして、楓が真っ赤になっているのは照れているからではなく、単に興奮しているからに過ぎないという結論に辿り着き、説明を求める視線を千春子に送った。
「あのね、はやちゃん。結局いつもの『アレ』なんやちゃ。なんか因縁もあるっちゃあるがいけど、やることは毎度毎度の例のアレやわ。ちょっと意地悪っぽい言い回しで、かえちゃんをからかっとっただけながよ」
「え、意味深な感じだったのに、やっぱりアレなのかい? ── ああ、手を握り合うって、そういう意味か、なるほどね」
速彦は全てを理解した風情で深く頷いた後、がっかりした様子で元の座席へ帰っていった。
「あーあ、やっと楓も色気付いてきたかと、ちょっぴり嬉しかったんだがなぁ」
「何よ。なんであれっぽっちの会話で全部わかったようなことが言えるのよ!」
去り際の速彦の言葉が癪に障ったのか、楓はむきになって叫んだ。
「だって楓がいつもの楓のままだとしたら、わかりやす過ぎるほどにわかりやすいじゃないか」
「わかりやすくて悪かったわね」
「『彼氏』 をお前の趣味に巻き込むのも程々にな」
「だから彼氏なんかじゃないって!」
「ははは。楓は本当にからかいがいがあるなあ」
離れた席同士で大声でやり合う二人を、千春子は苦笑とともに見守っていた。
続く
やがて道沿いに、鉄棒やジャングルジムや雲梯が並んだグラウンドが見えてきた。その先の古びた木造の校舎── 市立高見小学校の前にバスは停まり、待ち構えるようにしていた赤いランドセルの小学生(いずれも六年生女子)三人組を乗せる。バスの中ではまたしても 「ただいま」 と 「おかえり」 の声が飛び交い、次いで最後列の席に陣取った小学生の楽しげなお喋りが始まって、騒々しさが一気に増した。
実はこのバスに乗っている者は、運転手以外、全員が四親等以内の親族である。姓は違っても同じ一族であり、同じ家に住む家族なのだ。バスの中は茶の間も同然だった。気兼ねの要らないくつろぎの空間である。
「── ところで」
千春子が、ふと思いついたといった顔で、楓の目を覗き込んだ。
「今日っちゃ、第二月曜日やよね」
「そ、そうかな」
一瞬、楓の視線が泳ぐ。
「かなめちゃん、早く帰っとるがいよね」
「そ、そうかも」
「なら、当然、かなめちゃんのお世話係も帰っとるってことにならん?」
「まあ、特別な事情がなければ、帰ってるんじゃないかな」
千春子の目が怜悧な輝きを帯びた。
「かえちゃん、手首が痛いって嘘でしょう!」
「うわ!」
いきなり標準語でズバリと事実を指摘されてしまい、楓は泡を食った。前席の背もたれに両手を突いて、がっくりと顔を伏せる。
「ど、どうして、わかったの?」
「湿布もしとらんし、顏見ててもちっとも痛そうやないし。バレバレやちゃ。──かなめちゃんのお散歩タイムが終わったら、どっかで
仲良うなと彼氏と手を握り合っていいことするつもりやったんやろ?」
「ちょっと、千春! 誰が彼氏よ! 誤解されそうなこと言わないでよ」
「手ぇ握り合うって方は否定せんがや」
顔を真っ赤にして抗議する楓を、千春子がいたずらっぽい表情で見る。明らかに反応を楽しんでいる顔だった。
「ちょ! ──それも誤解を招く言い方。わざと言ってるわね」
「やけど、間違いじゃあないちゃ」
「それはそうなんだけど……。──待って!」
追いつめられて視線のやり場を失った楓が、誰かに聞かれてはいないかと後ろをチラっと覗いた時、はたと異変に気付いた。バスの中の誰もが、彼女と視線が合いそうになった一瞬、目を逸らしたのだ。気付けばいつの間にか、バスの中から小学生の賑やかなお喋りが消えている。全員が聞き耳を立てている気配を察して、楓と千春子は顔を見合わせた。
「楓、彼氏ができたんだって?」
バスの中で唯一の男子生徒が、興味津々の面持ちで楓達の真横の座席に移ってくる。黒縁眼鏡と優等生然とした理知的な風貌が特徴的な彼の名は、宮城速彦(くじょう・はやひこ)。千春子と同じ高校の普通科三年生である。
「はっ! 彼氏なんかじゃないから! むしろ敵だから!」
「敵?」
速彦は、楓の剣幕に気圧されて、瞬間、きょとんとなった。浮いた話が聞けるかもと密かに期待していたからである。そして、楓が真っ赤になっているのは照れているからではなく、単に興奮しているからに過ぎないという結論に辿り着き、説明を求める視線を千春子に送った。
「あのね、はやちゃん。結局いつもの『アレ』なんやちゃ。なんか因縁もあるっちゃあるがいけど、やることは毎度毎度の例のアレやわ。ちょっと意地悪っぽい言い回しで、かえちゃんをからかっとっただけながよ」
「え、意味深な感じだったのに、やっぱりアレなのかい? ── ああ、手を握り合うって、そういう意味か、なるほどね」
速彦は全てを理解した風情で深く頷いた後、がっかりした様子で元の座席へ帰っていった。
「あーあ、やっと楓も色気付いてきたかと、ちょっぴり嬉しかったんだがなぁ」
「何よ。なんであれっぽっちの会話で全部わかったようなことが言えるのよ!」
去り際の速彦の言葉が癪に障ったのか、楓はむきになって叫んだ。
「だって楓がいつもの楓のままだとしたら、わかりやす過ぎるほどにわかりやすいじゃないか」
「わかりやすくて悪かったわね」
「『彼氏』 をお前の趣味に巻き込むのも程々にな」
「だから彼氏なんかじゃないって!」
「ははは。楓は本当にからかいがいがあるなあ」
離れた席同士で大声でやり合う二人を、千春子は苦笑とともに見守っていた。
続く
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