特大家族 第二章 リセットスイッチ その7 (小説)

午後六時。

 
 南花の部屋は予想に反して明るい純和室だった。覇斗は、もっと占い師の部屋っぽい、おどろおどろしいものを想像して戦々恐々としていたのである。


「バカやね。そんな部屋やったら、なーん、くつろげんやないけ」

 ガハハと豪快に笑いながら、真っ赤なムームー姿の南花は言った。












投稿者:クロノイチ


「それもそうですね」

「さっ、先に用件を済ませてしまおっか」。

「ええ」

「じゃ、服、全部脱いでちょうだい」

「ええっ、裸ですか?」

「ウソだよーん」

 南花はチロッと舌を出してクスッと笑った。似合わない。可愛くもない。温厚な覇斗が軽い殺意を覚えた。

「お母さん、無理を言って来てもらったのに、からかっちゃ駄目でしょ」

 茉莉花が南花をたしなめると、南花は、覇斗に向かって両手を合わせ「ごめんなさい」のポーズをした。

「じゃ、こっちを見てちょうだいな。私の眼を見るがいよ」

「はあ」

「一分ほどやから。最初の一回目だけは、この儀式がどうしても必要なが」

 南花の瞳は吸い込まれそうなくらい真っ黒だった。たったの一分間が永遠の時間のように思われる。

「── 終わったよ」

 唐突に発せられたその声を聞いて、覇斗は何度も瞬きを繰り返した。眼から何かが吸い取られたような不思議な感覚がある。一方の南花は浮かない顔で首をひねっていた。

「どうでしたか?」

「ハト君。ハト君ちゃ、ここに来る前、不幸せやったけ?」

「ちょっとお母さん、そんな不躾な……」

「いえ、ちっとも不幸じゃなかったですけど。両親は早くに亡くしましたが、だからって他人と比べて不幸だと思ったことはありません」

「そう。じゃあ、何がハト君をそうさせるがかねえ。アンタの最高能力、アタシには『諦めること』って視えたよ」

「諦める、こと、ですか」

 覇斗はそう噛みしめるように言い、瞑目した。

「そうなが。なんか心当たりっちゃあるけ?」

「心当たりは、あります。でも、諦めることって、能力なんでしょうか? ネガティブな印象が強いんですが」

 最高の能力として示されたものが勉強やスポーツに関するものだったとしたら、覇斗は何も信じることなく適当にお茶を濁していただろう。だが、「諦める」 という単語が出てきた途端、南花の能力が本物であることを否が応でも認めるしかなくなっていた。だからこそ、うやむやに流せない。

(最高能力というからには、いい意味で使われてるはず。意訳して『いかなる時も未練を残さず悔やまない』ってとこかな。幾らなんでも文字通りの意味じゃないだろ。俺って、結構頑張りが利くしな)

 などと考えながら、覇斗は神妙に返答を待った。

「ゴメンね。アタシもわからんがいちゃ。頭の中にパッと日本語で 『諦めること』 って浮かんできたが。それだけなんやちゃ。これが占いやったら、でっち上げでなんだって喋れるんやけどね」

 困った顏で南花が謝ってくる。「諦める能力」 についての説明が得られないことに、覇斗は軽い落胆を覚えた。元から話半分に聞くつもりではいたが、すっかり肩すかしを食らった気分である。傍らでは茉莉花が珍しくあからさまな仏頂面をしている。占いが冒涜されたと感じたらしい。

「じゃあ、仕方がありませんね。諦めますよ。──あれ、やっぱり僕、諦めやすい性格ですね」

「仮にもハト君の最高能力なんやから、もっと凄いもんを諦められるがやないけ?」

「いや、そんな能力なら全然要りませんから。持ってても使いませんから」

 覇斗は冗談混じりの口調でその場をしのぐと、茉莉花とともに南花の部屋を出た。茉莉花が申し訳なさそうにしていたので、「気にしないでください」とだけ言っておく。同時に、自分も言われたことを気にしないでおこうと思った。どのみち気になったところで、どうなるというものでもないのである。

(── それにしても、『南』 に 『花』 で 『サザンカ』 って、昔の名前としちゃ、やらかした感、満々だよな。今なら別におかしくもないけど。ま、名前に関しちゃ、俺もあんまり他人のことは言えないか)

 どうでもいいようなことに意識を逸らすことで気分転換を果たすと、覇斗は、夕食に出てくる予定のグミの実に思いを馳せるのだった。

 夕食後、覇斗のところに速彦からメールが来た。タイトルに「緊急」という文字が入っている。珍しいなと思いながら開けてみると、

「午後八時半に覇斗の部屋に行ってもいいか?」 という内容だった。

(食事の時はなんの素振りもなかったのに)

 覇斗は不思議に思い、何か大事な用件があるんだろうかと、思い当たることもないまましばらく考えてみたものの、やはり何も思い当たらない。

 約束の時間ちょうどに扉がノックされ、覇斗が返事とともに入り口の戸を開けると、そこには緊張した顔で立つ速彦の姿があった。

「いらっしゃい」

「ああ、すまんな。上がらせてもらうよ」

 覇斗と速彦は、居間でテーブルを挟んで向かい合った。覇斗が用意してあった駄菓子を勧めお茶を出す。しかし、速彦はそれらには一切目もくれず、眉間にしわを寄せ苦渋の表情でこう言った。

「来週から一週間、この部屋に入り浸りたいんだが、駄目だろうか」

 いきなりの土下座である。覇斗はすっかり面くらい、慌ててしまって、

「どうかお顔をお上げください」

 と、思わず仰々しい台詞を吐いてしまった。

「── 用件はわかりました。来週から一週間ってことでしたら期末テストもまだですし、遊びに来られるのなら歓迎しますよ」

「まことにかたじけない」

 速彦も仰々しい口振りである。

「ただ、どうせなら理由を聞かせてください」

 速彦は途端に目を伏せ、むぅ、と唸った。

「オフレコで頼む」

「わかりました」

 覇斗がはっきりと約束すると、速彦はほんの少し緊張の糸がほぐれた感じで、ぽつぽつと話し始めた。

「姉のことは知っているよな」

「春休みに帰省してらっしゃいましたね。挨拶はしましたよ。なかなか綺麗な方ですよね」

「ありがとう」

 覇斗が 「なかなか」 綺麗な人と表現する時には、往々にして 「鼻の下に問題なし」 という程度の意味合いしか含んでいないことが多いのだが、その辺のことを知らない速彦は、覇斗の言葉をそのままの意味で受け取った。

「で、そのお姉さんがどうかしたんですか?」

「さっき言った期間、卒論の取材で家に帰ってくる」

 速彦の姉、宮城詩織(くじょう・しおり)は現在、東京の国立大学の四年生である。文学部歴史学科で考古学を専攻しており、北陸の霊峰・立山と白山の山岳信仰を卒論のテーマに選んだらしい。

「確か、お姉さんとはとっても仲がいいんですよね」

 帰省中、詩織が自分の部屋に帰らず、速彦の部屋で寝起きしていたのは家族全員周知の事実である。父親と兄がともに家を離れ、母親の都が要とベッタリになっているので、昔から姉弟が二人で過ごす時間が多く、その習慣が今に至るまで続いていたのだった。

「仲は良かったよ」

「良かった?」

 速彦の言葉が過去形だったことに覇斗は引っかかりを覚えた。

「今はこうだ」

 速彦は、胸の前で両手の人差し指を交差させて×印を作り、交戦中を意味する仕草をしてみせた。

「どうしたんですか、いったい」

「その話は後でさせてくれ。とにかく今問題なのは、姉の部屋が、俺と姉の物置と化していて住める状態じゃないということだ。ゴミ屋敷も真っ青のブラックホールと化したあの部屋を姉の許可なく片づけることはできん。そして姉のよく使う私物はほとんど俺の部屋に来ている。きっとまた、姉は俺の部屋で寝泊まりする気に違いない」

「同居する気があるっていうのなら、お姉さんも本当は仲直りしたいと思ってるんじゃないですか?」

「甘い。姉は自爆攻撃が常套手段なんだ。自分が不快な思いをしようとも、相手をそれ以上の嫌な目に遭わせれば良しとする。きっと一緒にいる間はずっと嫌みや文句を垂れ流し続けるだろうな」

「それは辛いですね」

「だから俺は、姉がいる間、自分の部屋には寝る時以外帰らないことにした。姉は美容のため就寝が早いから、それでなんとかやり過ごせると思う。本当は家族である松之進に頼むのが筋だと思うが、あいつの部屋にはとても長居する気にはなれん。いや、松之進のことを嫌だと言ってるわけじゃないぞ」

「わかります。僕もあの部屋はちょっと……」

 覇斗は、松之進の部屋の壁という壁を埋め尽くす夥しい数の昆虫標本を思い出して、気分が悪くなった。

「そんなわけで高柳には迷惑を掛けるが、しばらく我慢してくれ」

「いえ、迷惑とは思ってませんよ。──ところでお姉さんとはどういう経緯で?」

「本当にオフレコでな」

 速彦は念を押してきた。


続く


 次回、本作唯一の大ネタです。あくまでも言葉遊びを主としたネタであり、特定の人をけなす意図は毛頭ありません。あしからず。

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[ 2016/05/01 23:00 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(2)

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私もいつか、クロノイチさんのように
小説を発表したいです
[ 2016/05/26 02:20 ] [ 編集 ]

小説を書くのは暇つぶしにもなりますし、書いているうちに自分の物の考え方の整理もできます。あまり根を詰めないようにするのが長続きのコツです。気楽に行きましょう。
[ 2016/05/27 10:34 ] [ 編集 ]

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