特大家族 第二章 リセットスイッチ その8 (小説)

それは春休みに遡る。速彦と詩織は、朝食後のひとときを速彦の部屋でのんびりと過ごしていた。


 テレビのニュースがそろそろ終わりを告げようとしている。画面に市場の相場表が現れた。


「それでは、為替 の値動きです」

 その言葉を聞いて、速彦はちょっとした冗談を思い付いた。少し下ネタ風味であり、言い出すべきか一瞬迷う。だが、迷っているうちに、奥手な姉が恥ずかしがる様子をを見てみたい気持ちが頭をもたげてきてしまった。思い切って言ってみることにする。












投稿者:クロノイチ



「姉さん、知ってる? 最近はね、『為替』 や 『』 なんかの相場で稼ぐことを略して、『かわ・かぶる』 っていうんだってよ」

「ふうん」

 反応が薄い。速彦はさらに続けた。

「でね、相場から足を洗うことを『ムケる』っていうんだって」

「『ムケる』 ? なんでまた?」

「安定した仕事に就いて、人間として 『一皮剥ける』 ってところから来てるらしいよ。ちなみに、為替も株もやっていない状態のことを 『ムケてる』 って表現するみたいだ」

「ふうん? そうなんだ」

 やはり反応が薄い。速彦はスルーされてしまったと感じた。冗談としてはまだ前フリの段階に過ぎなかったが、それ以上話を膨らませても見事にスベりそうなムードである。進むべきか退くべきか。速彦は直ちに撤退を決意した。別に大して面白い冗談でもなかったな、と反省しつつ、別の話題に移ることにする。

 それからしばらくは何事もなく済んだ。やがて春休みが終わり、詩織も大学の方へ戻っていった。

 四月の半ばを過ぎたある日のことだ。早朝突然に電話が鳴った。詩織からの電話である。詩織は怒り狂っていた。

「あんたのせいで、フラれちゃったじゃない!」

「あんたが余計なこと言うから!」

「もう死んじゃえ! わーん」

「速彦のバカー!」

「絶対許さないからー!」

「あんたから聞いた通りに使ったら、なんだか一気に気まずい雰囲気になっちゃったのよ!」

「この黒縁眼鏡!」

「あれから、一回も口をきいてくれないのよ。追いかけても逃げるし。わーん。フラれちゃったよ、わーん!」

 速彦が、罵倒と泣き声の嵐の中から辛うじて聞き取れたのはこのぐらいだった。

 どうやら詩織は男に振られたらしい。確か詩織にはまだ彼氏と呼べる人間はいなかったはずだが、同じ研究室に気になる男がいると聞いたことがある。きっとその男に避けられているのだろう。しかし納得できない。なぜそれが自分のせいになるのか。

 速彦は考えた。ひたすら考えた。姉の性格と行動に関する知識、それと電話の内容を照らし合わせ、推理に推理を重ねる。 ── そして遂に回答に辿り着いた。あの時の為替と株に関する他愛もない冗談こそが、全ての元凶であると。詩織は、速彦の冗談を事実としてまともに信じ込んでしまったのだ。

 以下は詩織が振られるに至った経緯を、速彦が推測したものである。証拠も何もないが、恐らくそれ以外に真実はない……………… のか?


 詩織は大学で路上観察同好会というサークルに入っている。ここはその部室。詩織は密かに片思いをしている相手と二人で楽しく雑談していた。相手は法経学部経営学科に属するちょっと気弱な同い年。強気な詩織がいつも会話をリードしている。

「ねえ、○○君(仮名)、あなた、今、かわ・かぶってる?」

 相手は詩織の突然の言葉に戸惑い、恥ずかしさで下を向いた。

「え、ええと」

「かわ・かぶってないの?」

「う……」

「じゃ、ムケたの?」

「い、いや」

「まさか最初からムケてるわけじゃないわよね」

「それはさすがにない……」

「なら、かわ・かぶってるんじゃない」

「そ、そうなるね。やっぱムケてた方がいいかい?」

「ムケてる方がいいに決まってるじゃないの」

「か、仮性でも駄目かな」

「幾ら稼いだとしても、あたしはちょっと生理的に受け付けないかな」

「えっ……」

「エ、フ……ハックション…… ェックス なんか絶対無理って感じ」

「そんな! 大丈夫だって」

「あんたはそう言うけど、もう、金(きん)だって怖いわ」

「菌は心配ないんじゃないかな」

「甘いわ。だいたいね、かわ・かぶってる人はみんな自分の都合のいいように考えがちなのよ。けどね、あれってやっぱり健全とはいえないし、『運』、に負うところも少なくないでしょ。あたしが思うに、あなた、法経のくせして、あれ、そんなに向いてないんじゃない。忠告するけど、結局はムケてる人の勝ちよ。だってね、かわ・かぶってる人でまともに成功してる人なんて、ほんのちょびっとしかいないんだから。道程はホント厳しいわよ。よしんば成功できたとしても、長くは持たないんじゃない? 先細りで、すぐダメになるイメージがあるわ」

「ガーン」

「あれ、○○君(仮性)、顔真っ青ね。なんで涙目なの。ちょっとどこ行くの。あ、待ってよ。置いてかないでよぉ!」


 速彦の話にどう反応したものか、覇斗は決めかねていた。

(これは笑うところでも、あきれるところでもないよな。詩織さんが振られた場面なんだから、同情すべきところなんだよな。── できるか、そんなん!)

「多少の脚色はあるが、だいたい今の話のようなことがあったものと推測できる」

 脚色好きの速彦だった。「いや、七割は捏造でしょ」と覇斗が思わずツッコミを入れそうになる。特に「エ、フ……ハックション…… ェックス」 の辺りではあまりの嘘臭さに卒倒しかけたほどだ。── が、覇斗は迷った末に、大人の対応で話を進めることにした。

「詩織さん、自分で言ってて何も気付かなかったんでしょうか。大学生なのに」

「俺もまさか、とは思った。ただ、よくよく考えてみると、姉は奥手で過去に付き合った男はいない。父親や兄貴と風呂に入ったこともないはずだ。俺や要は、ここに引っ越すまでは時々一緒に入ってたが、もしかすると……アレが剥けるなんてこと、想像さえしてないのかもしれないな」

「速彦さん……。要はともかく、まさかあなたまで……」

「オフレコで頼む」

 速彦は速攻で土下座した。


続く

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[ 2016/05/30 19:55 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(2)

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うーむ、続きが気になりますなあ
小説、私も書いてみたいです
いつか、きっと
[ 2016/06/01 03:42 ] [ 編集 ]

僕は最初にオチを作ってます。長編であろうとも。
[ 2016/06/01 23:56 ] [ 編集 ]

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