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特大家族 第二章 リセットスイッチ その15 (小説)

六月十三日(木)

 
 たった今、日付が変わった。


 美晴子はベッドの中でなかなか寝つけないでいる。彼女は姉にハッパを掛けられたと感じていた。


 千春子にとって自分はかなりじれったい存在なんだろうな、と思う。傷つくことを恐れ、一歩前になかなか踏み出せない。取り立てて他人に誇るべきものを持たない彼女には、光城高校の女子の気持ちがよくわかる。

 美点の塊である覇斗に対して、どうしても引け目を感じてしまうのだ。

 自分と覇斗が肩を並べて歩く情景がまるで想像できない。このまま覇斗の一ファンとして、見守り応援していく方が自分には相応しいのではないかと思えてくる。












投稿者:クロノイチ



 振り返るのは三カ月前の覇斗の歓迎会。そこで美晴子は一瞬にして覇斗に心を奪われ、同時に彼を自分が絶対に及ばない存在として認識してしまった。

(なんであんなの見ちゃったんだろ。おかげで気後れしまくり。千春子みたいに、能天気にハト君と絡みたいな)とも思うし(でも、あれは何物にも代えられないあたしだけの思い出だもん。後悔する必要なんて全然ないわ)とも思えてくる。

 思い出の光景は時間にして一秒程度である。恐らく美晴子以外に見た者は誰もいない。当事者の覇斗ですら覚えていないかもしれなかった。

(あの時初めてハト君を見て、爽やかでカッコいいなあと思ったんだ。ズワイガニを食べるのに夢中だった楓以外、あそこにいた女子はみんなそう感じてたはず。だけど、年下だったし、一目惚れなんかはしなかった。まあ、それなりに興味はあったから、目の前のゴチソウを食べた後にでもジュースを注ぎに行って話をしてみようかなあって、その程度。そしたら千春子が先に行っちゃったのよね。カニを平らげた楓を誘って)

 その次の瞬間の光景が、美晴子の脳裏にフラッシュバックした。三カ月も前の記憶でありながら、つい今し方の出来事のような鮮明さを保っている。

 まず、覇斗が立ち上がって会釈をした。

 その時である。覇斗の顔を間近で見た楓がいきなり「アーッ!」と叫んだ。

 既に主賓そっちのけのどんちゃん騒ぎが始まっていた。周囲の喧騒によって楓の叫び声はほぼかき消されてしまったが、姉を目で追っていた美晴子の耳には微かに届いた。何事かと思って楓に視線を移す。

 楓は手に持っていたジュースの瓶を乱暴にテーブルの上に置いた。振動でテーブルの縁にあった覇斗のコップが落ちる。美晴子はその時、コップの砕ける派手な音と、ガラスの破片と液体が飛び散る様を想起して、思わず息を呑んだ。

 ところがである。実際には何も起こらなかった。いや、起こるはずが寸前に阻止されていたのである。覇斗はあっさりと空中でコップを受け止め、平然とした態度でテーブルに置き直していた。必要最小限のスムーズな動作。楓も千春子も気付いた様子はなかった。

 美晴子が覇斗に惹かれた場面を要約すれば、たったそれだけのことに過ぎない。言葉にしてしまうと本当に色褪せてしまうのだ。

(すんごい神業だったんだけどな。ハト君はまっすぐ楓の方を見ていて、一度も視線をずらさなかった。表情も変えなかった。慌てた様子なんてこれっぽっちもなかった。ただ、右手だけが舞うように動いたんだ。そして、何百回も練習したみたいな滑らかさであっさりコップを摑み取ってた。ジュースを一滴もこぼさずに。凄かったな。──とはいっても、それだけじゃ、あたしも単にびっくりしただけで終わってたかも。その後が衝撃的だったんだ。あんな人がこの世にいるのかと思ったもん。それがよりによって年下の中学生だったなんて……)

 美晴子を真に魅了したのは、コップをテーブルに置き直した直後の覇斗の態度である。彼は悠然と何事もなかったかの如く、ただにこやかに椅子に腰掛けていた。

 危ないところだったとアピールするでもなく。

 自分の早業を周囲に誇るでもなく。

 コップが落ちる原因を作った楓をたしなめるでもなく。

 この瞬間、美晴子は、ブレザー姿の柔和な笑顔の中学生に堂々たる大人の風格を感じていた。ただ単に年齢を重ねただけの大人ではない。精神的に完璧に成熟し、冷静沈着、何物にも動ぜず、他人の失敗をあげつらわない鷹揚さと優しさを備えた理想の大人の姿を見たのである。

(ああ、あたしとは全然違う)

 美晴子は自分の容姿と精神の幼さが悩みの種だった。容姿に関しては双子の姉の千春子も同じことだが、精神に関しては明らかに姉の方がしっかりしている。美晴子は甘ったれで落ち着きに欠け、何事につけても依存心が強い。また、普段は自己主張が強いくせに、肝心な時には萎縮して引っ込み思案になりがちである。客観的に見れば、世間一般の女子高生と比べてさほど幼稚なわけではないものの、美晴子は常に千春子を比較対象としてきたため、自分というものにあまり自信を持てずにいた。千春子は、見た目や言葉遣いとは裏腹に、中身はかなり大人びた性格なのだ。感情を抑制したり、周囲に気を配ったり、空気を読んだり、状況に応じて的確な判断を下したり、といったことが普通にできる。ゆえに美晴子は、姉に対して「敵わない」と常日頃から実感するばかりか、密かに尊敬の念すら抱いていた。

 そんな美晴子の目に、歓迎会での覇斗はまさしく奇跡のような存在に映ったのだ。年下でありながら大人以上に成熟した雰囲気をまとい、美晴子の欲してやまないものを全部持っている雲の上の存在──それが彼女にとっての覇斗だった。白馬の王子様どころか、天馬に跨がったアポロンぐらいのイメージである。美晴子が覇斗にほのかな恋心を抱きながら、気後れして前に進めないのも無理はなかった。

(やっぱ駄目だわ、きっと。幾ら急かされたって、そう簡単には変われないって)

 誰かに先を越されないよう、当分は祈るしかない美晴子だった。



 六月十四日(金)
   
 早朝、覇斗は普段通り念入りに歯磨きをしていた。一本の虫歯もない真っ白な歯は、毎日の努力の賜物である。彼は地道で単調な作業が全く苦にならない。歯磨きの後は、頭と身体の様々なトレーニングをみっちりとやる予定だった。学校に行く前に学校の授業以上の課題をこなすのが朝の日課なのだ。登校の支度をして朝食に向かうのはそれからである。朝食会場で同席するのはいつも速彦と松之進だ。この二人にはすぐに会える。だから、今の時間に速彦がわざわざ電話を掛けてきたのは、覇斗にとっても首を捻りたくなる出来事だった。とにもかくにも、口を濯ぎ電話に出る。

「悪い。起きてたか?」

「はい。大丈夫です」

「そうか。──先日の件だが、もう必要なくなった」

 いきなりの言葉である。覇斗の疑問が氷解した。なるほど、この話題なら速彦が内密にしたくなるのも無理はない。

「え、どういうことです?」

 速彦の話しぶりから「宮城詩織の帰省中、覇斗の部屋に速彦が入り浸る」という話がキャンセルになったのはすぐにわかった。訊きたいのはその理由である。

「急転直下、無事に解決したんだよ。夜中に、姉がやたらと明るい声で電話してきてな、例の片思いの相手と付き合うことになったっていうんだ」

「ほんと、急転直下ですね」

「姉が言うには、昨日の夕方、サークルの部室に残ってたら、例の男がすがすがしいくらいににこやかな顔で現れたんだと。で、さすがにやりとりの詳細までは聞けなかったが、恐らくはこんな会話が……」


男「詩織さん、僕とお付き合いしてください」

姉「え、あたし、あなたに避けられて……」

男「ごめん。それはね、僕が詩織さんに痛いところを突かれて気後れしていたからなんだ。でももう大丈夫。──今、僕は、完璧にムケてる」

姉「ええっ、じゃあ、もう、かわ・かぶってないのね」

男「バッチリさ。思い切って手術したから」

姉「手術? ──はあ?」

男「これからの自分に必要ないと割り切って、バッサリ切ったんだ」

姉「まあ、それでこそ男だわ。なんだか前と違って自信に満ち溢れてるみたい」

男「色々痛かったけどね。懐やらナニやら」

姉「いいじゃない、そのくらい。やっと健全になれたんだから」

男「そうだね。あはははは。──で、返事を聞かせてくれないか」

姉「ふ、オーケーよ」

男「もう治したって!」


 速彦がククッと笑い声を漏らす。

「──だいたいこんな感じかな。おかげで姉との交戦状態も自然消滅したってわけだ。ま、めでたしめでたしじゃないか」

(仮性は正常の範疇だから、清潔にさえしていれば、切る必要は全然ないって話も聞くけどな)

 場違いな感想を抱きながらも、すっかり面倒になった覇斗はおざなりな返事をした。

「ソウデスネー」

 のどかな田舎の朝のひとときだった。


 夕暮れ時。

 源太郎は、このところ頻繁に東京在住の長男・宮城東馬に電話を掛けている。東馬はミヤシロ電機の専務取締役だ。源太郎が会長職を退いてから何年も経つが、この電話の時だけは昔の気分で話してしまう。彼は自室(旧あかりや荘貴賓室)のソファにふんぞり返り、威厳たっぷりの口調で息子に指示を飛ばした。

「──ああ、会社には迷惑は掛けんよ。わしの口座から全部出す。ミヤシロ電機の名前でこっちの商工会とスポンサー契約を結び、全国的なイベントとして成立させてくれ。CMもバンバン打ってな」

「──多分、応募は殺到すると思うが、あの子らのエントリーだけは前もって確実にやっとけよ」

「──そうか。その辺は任せる。それだけの大会で優勝すれば、楓ちゃんとしても思い残すことはなかろう。去年の雪辱も果たせるしな。我が家族もやっと解放される」

「──負けたら? 今の生活が続くだけさ。悪くはならんよ。それに今は覇斗君がおる。お前は知らんだろうが、あの高柳覇斗君は、なんと前回の大会の優勝者だ。因縁だろう? 目下、楓ちゃんの相手を一手に引き受けてくれてる。おかげでこっちはだいぶ楽になったよ」

「──いや、覇斗君は芯のしっかりした真っ直ぐな子だ。負けてくれなんて、恥ずかしくて冗談でも言えん。それに楓ちゃんも去年の楓ちゃんじゃない。天狗の鼻を折られた後の、あの鬼気迫る打ち込みようを思い出せば、今の実力がどれほどのものかわかるだろ。しかも、事情はよく知らんが、ライバルの覇斗君からかなり熱心な技術指導を受けておって、ますます強くなること請け合いという話だ。きっと今年は優勝できるさ」

「──ああ、時間を取らせたな。じゃあ、一週間以内に企画をまとめといてくれ」

 電話を切って、源太郎はふう、と大きく息を吐いた。楓が気分よく指相撲を卒業できるような花道作り──源太郎が目指しているものはそれである。かわいい孫の将来のためなら、多少の出費は惜しくもなんともない。

 そもそも楓が指相撲にハマったのは源太郎に主たる原因がある。それゆえ源太郎は、責任を取る形で、楓の行動を色々と黙認し、大会時には応援し、さらには他の家族の犠牲を減らすべく自ら積極的に楓の相手もしてきた。しかし、楓ももはや高校生である。幾らなんでも指相撲三昧は潮時だと思う。楓から多彩な才能が見出された以上、そろそろ別のところへ情熱を傾けてもらいたいというのが源太郎の考えだった。

 ただ、それはあくまでも建前である。東馬に協力を求めるために敢えてひねり出した方便だった。本心を言えば、楓に喜んでもらえさえすればそれでいいのだ。

(好きなものを好きなだけやって何が悪い。指相撲? 楽しいじゃないか。わしも大好きだ。大人になったからといって、無理にやめなきゃならんもんでもないだろ。現にわしはやるぞ)

 宮城家の中で源太郎だけは、指相撲のことを「アレ」と呼ばない。表向き楓をたしなめる立場にある源太郎の、指相撲愛好家としての密かな意地だった。


続く



 今回は地味で足早な展開です。あっと言う間に日付が二日進んでしまいました。まあ、一日一日を丁寧に書いていったらいつまでたっても話が終わりませんし、意図的にこういう回を作りました。

 第二章のクライマックスまであと少しです。

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