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特大家族 第二章 リセットスイッチ その17 (小説)

「元々は 『諦めのいい自分』 を 『いざという時絶対に諦めない自分』 に塗り替えることを目指していたんだ。本来諦めるべきでないことでも、すんなりと諦めてしまえる── そんな自分に恐怖を抱いていたから。なのに、マイナーな競技を極めることばかり考えているうちに、最初の目的を見失ってしまってた」

「この景色を見て原点を思い出したのね」

「うん。本当の原点に立ち返ることができた」











投稿者:クロノイチ


「本当の原点?」

 楓が首を傾げる。照れくさそうに覇斗は続けた。

「『絶対諦めない心』 って言葉、凄くカッコいい響きだよな。僕はもっと簡単に手に入ると思ってた。これまでの経験から、自分に不可能なことは、すぐに念頭から消えてしまうってわかっていたからね。手に入れたいと思い続けられる以上は、絶対に手に入るものと安直に確信していた。全ては、そんな楽観的な思い上がりから始まっていたんだ。そこからまさか膨大な徒勞を積み重ねることになるとは、夢にも思わなかった。わかってたら、ひとまず気持ちを切り換えて、別のところに力を使っていたはずだ」

「え、だって恐怖を克服したかったんでしょ? 気持ちの切り換えなんて簡単にできるの?」

「元々は大して深刻なものじゃなかったんだ。悩んだり迷ったりしてると、それに絡みついて、じわじわと怖さが浮かび上がってくる感じでね。うっとうしいけど耐えられないほどじゃなかった」

「『初めは』 ってことは…… そうか、後から恐怖の度合いが増してきたわけね」

 楓は納得して、胸の前で両手をポンと打った。

「そういうこと。── なかなか思ったように自分を変えられなくて、その焦りからか、何かに追われるように徐々に視野が狭くなっていった。思えばその頃からだ。自分の諦めの良さに対する恐れが一気に膨れ上がったのは……」

 覇斗は一瞬遠い目をしたかと思うとすぐに瞑目し、数秒後微笑みとともにゆっくりと目を開けた。

「── だけど、今はもう恐怖はないよ。ここに来て、別の角度から自分を見つめ直したら、視野も広がったし、『諦めがいい』 っていうのも、とてもありがたい性格のように思えるようになった。くだらない未練やら執着心やらに苦しめられずに済むって意味でね」

「へえ」

「とはいっても、『絶対諦めない心』 が今すぐ手に入るなら、勿論そっちを選ぶよ。『絶対に諦めたくないもの』 を見つけたいって思いもなくなったわけじゃない」

「あ、覇斗君、自分を変えたい気持ちはまだあるんだ。恐怖とか強迫観念みたいなものが消えても」

「気分の問題だよ。『諦めがいい』 って、どう考えたって年寄りくさいからな。若いうちはがむしゃらでありたいもんだ。── でも無理はしない。焦ることもない。取り敢えずは現状のままでもオッケーさ。本当にこの景色のおかげで、随分と余裕ができた」

 そう言いながら、覇斗は景色ではなく楓の目をじっと見つめた。

「え、何?」

 楓がドキリとした様子で訊ねる。

「君にも、違う角度から見直すべきものがあるんじゃないかな」

「どういうこと?」

「僕はね、君が家でやりたい放題にやってるのを見て、学校でも同じことしてるんじゃないかってずっと思ってたんだ」

「失礼ね。あたしだって、TPOぐらい弁えてるわよ。それに、学校でアレをしないと約束した以上は、たとえ校長先生に誘われたってやらないわ」

「だよな。君は、一番やりたいことを思う存分やるためには、我慢だってできるし、他のどんな欲求も犠牲にできる人なんだ。僕は楓さんとは学校が違う上に、今までアレしか接点がなかったから、そこのところを全然理解できてなかった。── でもね、もうわかったよ。君は本当はちゃんとピアノが弾ける。取った成績に見合うだけの実力は既に持ってるんだ」

「ちょっ! どうしてそう話が飛ぶのよ」

 楓は慌てふためきながら抗議した。覇斗は楓に対しては時として、階段を三段飛ばしにするような論理の展開をする。実にわかりにくい。

(あ、そういえば……)

 ここで楓は、覇斗が相手に合わせて話し方を変える人間だということを思い出した。松之進相手ならきっと噛んで含めるように話すんだろうなと思う。

(ということは、あたし、数学以外じゃまだ、頭いい人間に見られてる?)

 そこに気付いてしまった以上、楓は迂闊に説明を求められなくなった。コホン、と咳払いを一つして「まあいいわ、続けて」と先を促す。

「君は、とっても素直で正直な人だ」

 また話が飛ぶ。だが、この言葉の意図するところは楓にもすぐに通じた。家族から日頃よく言われていることだからである。

「どうせ、わかりやすいって言うんでしょ」

「そう。わかりやすい。こっちが嬉しくなってくるほどにね。──君はアレが強くなることを目的として、ピアノを弾き始めたんだよな」

「うん」

「恐らく、君の心のどこかには純粋に音楽を楽しむ気持ちや、誰よりもうまくなりたい向上心、家族の期待に応えたいって思いもあったはずだ。じゃなきゃ、ここまで続けられないと思う。── けれど、君の中でアレが最優先事項であり続けたために、それらは表に出ることなく心の奥底に封じ込められてしまった。結果として、ピアノは永遠に『アレの肥やし』のままだ。どこまで上達しても、本質的にはただ指と手首を鍛えるための手段に過ぎない。それ以上のものであっちゃまずいんだ。そのせいで、心を込めてピアノを弾こうとしても、無意識のところで拒絶してしまうんじゃないかな」

「そうなの?」

 ぴんと来ないまま、楓は心中で自分の過去の演奏やレッスンを振り返った。納得できるようなできないような、なんともいえない微妙な感じである。そこへ覇斗は力強くこう付け加えた。

「間違いない。── だけどね、そんな君も、先生から指導されたりCDの演奏の真似を求められたりした時だけは、のびのびと感情を載せて弾くことができる。自分の意志で弾いてるんじゃないというエクスキューズがあるからだろう。僕が聞いた君の最初の演奏は、まさしくそういった感じだった。とってもダイナミックで情熱的で叙情に溢れてて、本当に素晴らしかったんだ」

「そんなこと……」

「さあ楓さん、ここで一つ原点に還ってみたらどうだい」

「え?」

 楓はきょとんとした。

「手首や指の力、まだ強くしなくちゃ駄目かな。既に僕は君に『技』を教えた。力なき者が力ある者に対抗するための技を。アレのために力を求める段階は、とっくに過ぎていると思わないか?」

「あ……」

「そもそも、今以上の強さを手に入れる手段として、ピアノはもはや適してないんじゃないか?」

「あっ!」

 楓が衝撃を受けたように目を見開く。

「そろそろ、ピアノをアレと切り離してやってもいいと思うよ。幸い、君も本音のところではピアノが好きみたいだしね。『アレの肥やし』じゃなくなっても、無理なく続けられると思う。で、アレの上達のためにのみピアノを弾き続けなければならないという強迫観念めいたものがなくなれば、きっと君も壁を乗り越えられるんじゃないかな」

「もしかしてあんた、あたしにそれを言うために、ここに誘ったの?」

「言えるところまで行けたらいいなとは思ってたよ。なあに、ほんの小さなお節介さ。君のアレへの思い入れは今がピークのはずだ。そこを過ぎれば、今言ったことぐらい、そのうち自分で気付いてただろうな。ただ、どうせなら少しでも早く君を楽にしてあげたかった。君と僕はある意味似てるから、問題に対する処方箋も似てくるんだ」

「え、似てる? どこが?」

 楓は、結構いいことを言っていたはずの覇斗の話の大半をスルーし、おしまいの言葉に食いついた。先刻のショックもどこへやら、大いなる期待に胸を膨らませながら、生き生きとした瞳で訊ねる。それに対し、覇斗は戸惑うこともなくむしろ嬉しそうに応じた。楓と会話すること自体を楽しんでいる風情である。

「大きな目標や目的を抱えて突き進んでいると、その自分を無条件に肯定してしまって客観的な自省ができなくなるところ。個々の小さな事柄に対する評価や判断は普通にできるから、根本的なところで周囲が見えなくなってしまっていることに気付かない」

「なんか、あんまり似たくないところが似てるのね」

 一転して、楓がしょんぼりした表情になった。一喜一憂が全部顔に出るので、心の動きが手に取るようにわかる。覇斗は、手札を全部晒した状態で行うポーカーを連想し、思わずクスリとした。

「まあ、いいじゃないか。欠点のない人間なんていないさ」

「あんたに言われると、なんだか神妙な気持ちで聞けるわね」

「僕だって欠点だらけだよ。だから、この景色のお世話になってるんだ」

「原点に還って、世界を違った角度から見る…… か」

 楓は電柱の連なりに再び視線を向けた。魅入られたように十数秒見つめた後、覇斗の顔に意識を移す。いつもの覇斗と雰囲気が違って見えた。覇斗自体が何か変わったというわけではない。楓の目に映る覇斗がどこかしら異なっている。

(何? どういうこと?)

 戸惑いながら不思議な違和感の正体を探ろうとする。時間にしてほんの一秒。その間に、楓は驚くほど大量の思考を紡いだ。

(覇斗君の髪、サラサラしてる。黒くて艶があってしなやかな直毛。爽やかな印象のショートヘアだわ。それから、くっきりとした二重瞼に切れ長の目、黒曜石の輝きの大きな瞳。プリクラの各種補正が入った目みたい。鼻はちょうどいい形と高さね。鼻筋もすーっと通っていて綺麗。唇は下唇がちょっとだけぽってりしてて情に厚い感じ。輪郭は骨張ったところがなくて、どっちかといえば女性顔に近いかな。身体は長身とは言えないけど、均整が取れててスラリとしてる。その割に筋肉が充実してて、本人が『毎日地道に鍛えてる』って言うだけのことはあるわ。胸板も近くで見ると、結構分厚いのね。── あれ? どうしてあたし、初対面の人を観察してるみたいなことしてるんだろ? やたらと新鮮なんだけど、この感覚。── それに……)

 楓は、視覚を通じて飛び込んでくる覇斗の情報に、強く心が揺さぶられるのを感じた。

(どういうことなの? 覇斗君がありえないくらいカッコよく見える。もしかしてこれが違和感の正体? わあ、ドキドキしてきた。今までなんともなかったのに、なななななんでいきなりこんな……?)

 楓の心拍数が急激に増大した。胸がギュッと締めつけられる。たちまち顏が赤く染まっていくのを感じ、恥ずかしさで思わず顔を伏せた。

(そっか、『原点に還る』 ってこういうこと?)

 そう思いついた楓がほんの僅かだけ顔を上げ、上目遣いで改めて覇斗を見つめた。

  「アレのライバル」 「アレの師匠」 ── そういうふうに覇斗を認識するフィルターによって、楓が覇斗を見る目はずっと曇らされてきた。指相撲と直接関係のない覇斗の顔やスタイルなどは、どうでもいい雑多な情報として扱われ、深く心に残らないような仕組みになっていたのである。だが、今や楓の目は、あらゆる思い込みや固定観念から切り離された素の状態の覇斗を、ありのまま映し出していた。

 それは、楓自身、初めて見る覇斗。その 「初対面」 の覇斗からなぜか目を離せない。それがどういうことなのか、彼女は薄々気付いている。要するに、今頃になって「一目惚れ」してしまったのである。

 かつて楓が誰かに恋愛感情を抱いたことは一度もない。彼女の意識は常に指相撲へ向けられていたため、「恋愛」 という単語が意識に上ることすら滅多になかった。従って、相手がどれほどの美形であっても、彼女が一目惚れするということは本来ありえないことなのだ。しかし、当然のことながら、覇斗とは本当の意味での初対面ではない。彼女は、指相撲に対する強烈な思い入れゆえに、昨年の指相撲大会で敗れた当初から覇斗を強く意識してきた。そして覇斗との交流が深まるにつれ、彼への好感度はうなぎ登りとなり、今やMAX状態に達している。指相撲が強くなりたいという思いで自縄自縛に陥っている状況から抜け出しさえすれば、ほんの小さなきっかけで覇斗に恋してしまうことなど不思議でもなんでもなかった。

(ああ、もうダメだわ、あたし。覇斗君のこと、大好きになっちゃってる。さっきまで普通だったのに。調子狂うなあ)

 早鐘を打つような心臓の鼓動も抑えられず、耳たぶまでじわじわと赤く染まっていくのも止められない。楓は自分の心に起きた急激な変化に狼狽しながらも、こんなふうに思い始めていた。

(これはなんていうか、ええと、マジで『運命の人』かも……)


続く

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[ 2016/07/15 23:00 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(0)

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