特大家族 第三章 マケナイデ、ゼッタイカッテ  その1 (小説)

八月九日(土) 

 
 月日は瞬く間に流れ、指相撲大会の前夜となった。宮城楓は自室の照明を灯したままベッドで仰向けになり、白い天井をただ見上げている。


 思うは明日のこと。そして高柳覇斗のこと。

 楓と覇斗の仲はこの二ヶ月近く、全く進展していない。楓が覇斗に恋心を抱く以前の友好的な師弟関係がそのまま持続している。

 とはいえ、楓が冷めてしまったわけでも諦めたわけでもない。












投稿者:クロノイチ


 楓は依然として覇斗に告白する気満々である。直情径行型の楓にしてはありえない行動の遅さだが、これには理由があった。

 一つ目に挙げられるのは、恐ろしいまでのタイミングの悪さである。当初、楓は積極的に覇斗への告白を実行しようとしていた。楓には、覇斗と二人きりになれる時間が多かれ少なかれ毎日必ずある。交際を申し込むのに相応しい状況も度々訪れていた。なのに、チャンスというチャンスにおいて、どういう天のいたずらか、ことごとく邪魔が入ってしまうのである。

 事前にしっかり自分のスマートフォンの電源を落とし、いつぞやの二の舞にならないよう心がけてはいるものの、覇斗に同じことを求めるわけにもいかず、家族に配慮しろと言うわけにもいかない。電話が来ない時には決まって突然の来客か呼び出し。

 結果として、言いたいことを何も言い出せなかったという状況が繰り返されることになった。密かに呪われてるんじゃないかと訝しまずにはいられないほどの偶然の重なりようだ。

 二つ目は、楓の心境の変化である。指相撲と恋の両方に対し、とにかくがむしゃらに突き進もうとしていた楓だったが、覇斗への告白がこれでもかというぐらい空振りに終わるうちに、世界すら敵に回せるような一時の高揚感も落ち着き、自分自身を冷静に見つめ直せるようになってきた。すると、「このままでは指相撲も恋もどちらも中途半端に終わってしまうかも」という危機感が突如として芽生えてきたのである。

 元々、楓の心は複数の物事に同時に夢中になれるほど器用ではない。様々な知識や技能を並行して一気に身に付けられる豊かな才能を有するにも関わらず、本当に全力で集中できるものは常に一つ。それ以外は基本的に、生活習慣になってしまっていることか、一番やりたいものに没頭する上で、周りからケチをつけられないために仕方なくやっていることに過ぎない。(もっとも、それを言い訳にして実際は嬉々としてやっている場合もある。この辺は楓の気分次第だ)

 指相撲か恋か。── ひとまずはどちらか一方に絞って全力集中することを楓は考えなければならなかった。

(わかってるんだ。アレはどこまで突き詰めたって、結局はガキんちょの遊びなんだよね。感情は『違う』って訴えてるけど、理性はちゃんと納得してる。のめり込むこと、夢中になることが許されるのは子供の間だけ。だからあたしは自分を子供と規定したの。── で、子供のままやりたいようにやってきた)

 だが、既に楓は高校一年生である。中学時代ならいざ知らず、今ではほとんどの同級生がいっぱしの大人気分でいる。大人としての待遇を周囲に求める者はいても、子供扱いを求める者はいない。楓は自分が子供でいられる残り時間の少なさをひしひしと感じ取っていた。 

(そうよね。本当はここでアレを諦めるのが賢明なのよね。わかってる。わかってはいるのよ。でも駄目。今まで積み上げてきたものを、未練なく簡単に捨て去るなんて無理な芸当だわ。ここまで頑張ってきたのはなんのためよ。アレについて心残りがないようにするためじゃない。あたしにはまだ大いにやり残したことがあるんだから。そう。打倒、高柳覇斗をこの手で果たすまでは……。── ん? じゃ、それを成し遂げたらどうなるの?)

 ふと思いついたその疑問こそが、楓を二者択一の悩みから解き放つ糸口となった。

 楓が大会で覇斗に勝てば、あらゆる犠牲を払って指相撲中心の生活を送ってきた最大の動機がそこで消滅する。指相撲への情熱が薄れるのは当然の成り行きだ。指相撲が大好きな気持ちは変わらないにしろ、実際にやるのはせいぜい趣味か遊びの範囲に留まることになる。すると、楓にとっての「一番やりたいこと」の座が自動的に空いてしまう。ならばそこに 「恋」 を入れない道理はない。指相撲に向けていた情熱をそのまま恋の方に振り向ければいいのだ。

(なあんだ。簡単なことじゃないの。どちらかを諦める必要なんてなかった。一つ一つ順番に仕留めていけばいいんだ。今しばらく子供のままでいて、大会で優勝したら大人になろう。恋愛は大人にしか似合わないもんね。よしっ、頑張るぞ)

 ざっとこのようなシンプルかつストレートな思考過程を経て、楓は方針を決めた。まずは指相撲にひたすら打ち込み、大会に優勝したら即その場で覇斗へ告白する。そう心を定めた途端、指相撲に対するモチベーションがそのまま恋に対するモチベーションに直結した。指相撲と恋が自分の心の裡で連結した一体のものと見なされ、一度に一つのことにしか集中できない楓の弱点を回避できるようになったのである。

 勿論、告白を先延ばしにする以上、気がかりな点が全くないわけではなかった。大会が終わるまでに、とんびにあぶらげを攫われはしないかということである。とはいえ、そう深く心配する必要もなさそうだった。一応恋敵と言えなくもない七瀬美晴子は、覇斗の前だと別人のように引っ込み思案になってしまうし、光城高校の女子では品性や能力の面で覇斗とは明らかに釣り合いが取れない。

(それに、あたしのわがままに応えて、毎日自分の貴重な自由時間を割いて付き合ってくれてる。文句の一つも言わずに、楽しそうに……)

 楓は覇斗の態度を、自分への好意の表れとして素直に解釈していた。好意の度合いまでは読み取れないものの、間違いなく好かれているという実感がある。恋愛に無頓着だった頃には気付きもしなかったのに、恋する身になった途端、敏感に感じられるようになったのだ。

 従って、楓にはまだ心に余裕があった。他の女子に対して確実なアドバンテージを持っている自信があったからだ。楓が自分から嫌われる真似をしたり、美晴子がメンタル面の弱点を短期間に克服して熱烈な求愛行動に出たりしない限りは、まず安泰な気がしていた。まさに知らぬが仏である。覇斗の好意が全方位にばら蒔かれる類のもので恋愛感情に直結したものではないと知っていたなら、楓としてもそんな余裕は到底持てなかっただろう。

 ただ、結果だけみればまさに楓の想定通りになった。現在に至るまで、覇斗が誰かと付き合い始めた気配はなく、毎日律儀に楓の指相撲の練習相手になってくれている。順風満帆この上ない。不安な要素が一向に姿を現さないためか、練習の最中に、恋心が顔を出して集中が乱れるようなこともなかった。

 肝心の指相撲の方も上々の仕上がりだ。一年前の強さを取り戻しつつある覇斗に、実戦練習で七割方勝てるようになっていた。同じ技と理論で戦う以上、熟練度さえ上がれば、親指の長さと力で上回る楓に分があるのは間違いない。加えて二つのオリジナル技を身に付けることもできた。覇斗に一切協力を仰がず、独力で完成させた苦心と努力の結晶である。一から十まで覇斗の力を借りたのでは、幾ら大会で勝っても真に彼を乗り越えたことにはならないと思い、敢えて自力で頑張ってみた。どんな技かは、本番でお披露目するまで覇斗にも内緒だ。その代わり、覇斗が新しい技を思いついても教える必要はないと言ってある。

 なお、楓としては奇跡のようなことだが、彼女が覇斗に恋していることは、未だに家族の誰にも気付かれていなかった。といっても、隠し事のできない楓の性格が突如として変貌してしまったわけではない。一番やりたいことにひたすら全力を投入する自分の在りように従った結果、たまたまそうなったのだ。

 楓は 「大会で覇斗に勝つことと恋愛成就は同一のレール上にある」 という認識を持つ。それゆえ一旦、指相撲の方に、恋愛感情をも引っくるめたあらゆる意識を集中させていた。その結果、楓から恋する少女にありがちな振る舞いや発言がなくなり、なおかつ傍目には 「いつもにも増して指相撲にのめり込んでいる」 ように映ったのである。意図せずして生じたナチュラルな隠蔽効果だった。

 ちなみに覇斗の方にもこの効果は及んでいる。「あの時感じたあれは俺の勘違い? マジで 『とらたぬ』 だったのか?」 と彼が首をひねっていることを、当然楓は知らない。


 明日はいよいよ正念場だ。とにもかくにも大会には優勝。次いで覇斗に告白。そして、覇斗に受け入れてもらって初めて楓の勝利である。自信はあるが楽観はできない。楓は神経が高ぶってなかなか寢つけないでいた。

 ふと、右手の親指を無意識に目まぐるしく動かしている自分に気付き、苦笑する。

(早く覇斗君と戦いたいな。絶対に勝って、そしたら……)

 楓が次に思ったのは、覇斗と、敬称抜きの下の名前だけで呼び合う仲になりたいということだった。

 元々、楓が同世代の人間に対して敬称を付けて呼ぶことは滅多にない。親しい間柄なら、数歳年上の相手に対しても基本的にタメ口である。だが、覇斗の名を呼び捨てにすることには、少々心理的抵抗があった。楓が覇斗を「君付け」で呼ぶから、相手に合わせる癖のある覇斗も楓を「さん付け」で呼ぶ。この二ヶ月、互いの呼び方は全く変わらない。その結果、微妙な距離感が二人の間に生じていた。

(だって 『覇斗』 って、漢字で書いたらカッコいいけど、発音したら鳩ポッポと一緒だもん。呼び捨てにしたら、あだ名にしか聞こえないじゃない。それもおとなしいナヨナヨした感じの……。傍目には覇斗君を見下してる感じに映るかも。── 恋人同士になってイチャイチャしてたら違うふうに見えるかな)

 大会を前にして、指相撲に賭ける意気込みの中で隠れていた覇斗への思いが、フライング気味に表に出つつあった。


続く



 いきなり二ヶ月も話が飛んだので、今回は説明回です。多少強引なところはありますがご勘弁を。

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[ 2016/07/22 23:00 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(0)

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