特大家族 第三章 マケナイデ、ゼッタイカッテ  その10 (小説)

覇斗の反則を示すホイッスルが鳴り響いた瞬間、楓は悲痛な叫び声を上げ、足をドンと踏みならした。


「何やってんのよ、もう!」

 
観客席から自分がどう見えるかなど、楓は全然気にしていない。キースが隣にいれば少しはおとなしくしたかもしれないが、彼は現在、観客席でのんびり観戦モードである。

「よう」

 不意に声を掛けられてびっくりした楓が振り向くと、スポーツドリンクを持った松之進が立っていた。












投稿者:クロノイチ


「邪魔はしねえよ。これを届けに来た」

 楓が何か言う前に、松之進はペットボトルを差し出した。

「あ、ありがと」

 飲物など別に要らなかったのに、礼を言ってしっかり受け取ってしまうあたり、楓の人柄がにじみ出ている。

「俺もここで応援させてもらうぜ。喋りかけたりなんかしないから、安心しな」

 松之進としては、楓が人前にいることを自覚しておとなしくなってさえくれれば、それでいいのだった。

「わかった」

 それだけ言うと、楓は前に向き直り、モニターの映像に没入していった。

「ああん、もう、お願いだから頑張ってよ。時間がないじゃない」

 今度は小声でブツブツ呟き始める。しかし、一秒ごとに高まっていく不安と焦燥の中、楓は一縷の光明も見出していた。モニターに映る覇斗の目が、全然死んでいなかったからである。


 覇斗は、してやられたという失望感から瞬時に立ち直っていた。僅かな中断の時間を利用し、持ち前の超思考能力をフル稼働させる。一つだけ試す価値のある戦法が見つかった。もっとも、成功しても技あり以上が取れる保証はない。── やがて覇斗は、落ち着いた態度で試合台に右肘を載せ、カモンのジェスチャーをした。

「来いよ。あんたの底は知れた」

「小僧、ハッタリは利かんぞ」

「いや、本気で言ってる」

「なんだと!」

 グレート・クマゴローが怒りの口調で試合台に肘を置いた。

「レディ、ファイト!」

 試合が再開される。

 覇斗のタイムリミットは試合終了十秒前。相手がノーペナルティで十秒間エスケープゾーンに籠もれることを考慮すると、その時間までに技あり以上を取れなければ、万事休すとなる。すなわち、覇斗の攻撃可能時間は、あと十五秒弱しかない。

(グレート・クマゴローは、まともな指相撲で、俺を出し抜くことができないんだ)

 覇斗は冷静に相手の戦力を分析していた。

(まず、パワーはあっても器用さとスピードが不足している。そのパワーも、俺を子供同然に振り回せるところまでは行っていない)

 絶対的な筋力の差は確かに大きいのだが、腕相撲と違い、相手の力の向きをうまく逸らすことさえできれば、攻撃を受け流すことは充分に可能なのだ。

(強引に俺を攻めて受け流された場合、そこからカウンターを食らう恐れが出てくる。万が一、力の入れにくい部位を押さえつけられてしまったら、持ち前のパワーが意味をなさない。だから向こうさんは確実に俺に勝つため、ギリギリまで一切動かず防御に専念したんだ。そうすれば、たとえ俺の攻撃を弾き返すことに失敗したとしても、『万が一』を防ぐことはできる。そして、試合終了間際のアレで逃げ切る作戦に出た)

 覇斗はどっしりと腰を落として、足を踏ん張った。

(── ならば、やることは一つ……)

「ほう。リフティング・エルボーがよほど怖いと見える。そんなふうに必死で肘を台に押しつけてたんじゃ、さぞ攻撃もやりにくいだろうに」

 グレート・クマゴローが嘲るように言った。── 残り時間はあと十八秒。

「怖いのはそのインチキ技だけだからな。それさえ食らわなければ、手の内を全部晒したあんたなんか別に恐れることもない!」

「この、身の程知らずがっ!」

(今だ!)

 グレート・クマゴローの激昂の瞬間を衝いて、突如、覇斗が攻撃に転じた。

 防御の姿勢は相手を油断させるためのフェイク。相手が攻撃してこないことを見切った以上、もはや守りに意識を分散する必要は全くない。

(時間もないし強引に行こう)

 まずは小刻みなフェイント。幾つもの残像で相手を幻惑した後、覇斗はツバメのように素早く親指の軌道を変え、相手の真上から果敢に攻めていった。ライトニング・カウンターで返される危険性は無視だ。失敗した時に多大なリスクのある技を、勝っている側が使うことなどありえないと判断してのことである。

 グレート・クマゴローが、今まで通り圧倒的なパワーで軽く弾き返そうとした。だが、防御に気を回すのを止めた覇斗は、その一撃に持てる全ての力を込めていた。相手の圧力に耐え、粘り強くググッと押し込んで、カウントを開始する。

「いちにさん……」

「コンチクショーがっ!」

 怒声とともにグレート・クマゴローが、乱暴に覇斗の親指を撥ね除ける。シークレット・バイスですら通用しない怪物は、覇斗の意地をものともしない。それでも、覇斗の攻撃には意味があった。それは間違いなく、必要な一手だったのだ。

 覇斗の粘りに対して、グレート・クマゴローは本気の力での対抗を余儀なくされ、その結果、ダルマパンダは三白眼ジョーズを上へ派手に弾き飛ばすことになった。勢いが余って、直後の姿勢はまぎれもなく直立不動。頭頂部が天を向き、顔面が正面を向く。すなわちそれはクール・リーディングの形に他ならない。

(狙い通り!)

 三白眼ジョーズが素早く反転する。 ダルマパンダと三白眼ジョーズの顔面同士が、僅かなズレもなく、ものの見事に合わさった。

 クール・リーディング。── 最後のチャンス。

 覇斗が親指に伝わる微細な情報に意識を集中する。

 三白眼ジョーズは、ダルマパンダの力の流れに沿ってスッと左に切れ上がると、最短距離を通り相手の背中へ滑るように重なった。

(クール・サムライディング……)

「一、二三四……」

「何度やっても無駄だっ!」

 ダルマパンダがすぐさまエスケープゾーンを目指す。そこに入れば三白眼ジョーズも追随しきれない。対処法を熟知しているがゆえの余裕の動きだ。しかし……。

(アンド、シークレット・バイス)

 三白眼ジョーズがまさに振り切られようとした刹那、直下から強く押し上げる力が加えられ、ほんの一瞬ダルマパンダの動きを止めた。すかさずフットワークを捨てた三白眼ジョーズが、上からも全力で押さえつけにかかる。これが覇斗の秘策。極限まで高められた集中力と技術があって初めて可能となる高度な連続技だ。

「五六七八── あっ!」

 それでも十まで数えきることはできない。

 シークレット・バイスは数カウントを稼いだ後、あっけなく振りほどかれてしまった。今の覇斗のベストといえる技をもってしても逆転の一本勝ちには遠い。── その時、ちょうど試合時間が残り十秒を切った。

 ピーッとホイッスルが鳴り、技ありの位置に赤旗が上がる。土壇場で試合はかろうじて振り出しに戻った。グレート・クマゴローがチッと舌打ちをする。それと同時に不意打ちのリフティング・エルボー。── が、覇斗は事前に読んでいた。再度身体の重心を低くして足を踏ん張る。反対に三白眼ジョーズの狙い済ました鋭い攻撃が、絶妙なタイミングでダルマパンダを襲った。第一関節と第二関節を同時に押さえつけ、シークレット・バイスでがっちりと挟み込む。覇斗の肘を全力で持ち上げにかかっていたグレート・クマゴローの隙をうまく衝いた形だ。第二関節の押さえが若干浅いが、これだけ完璧に決まれば怪力にも充分対応できる気がする。いけるかも、と覇斗の脳裏を甘めの考えがよぎった。

 だが、やはり。──そううまく事は運ばない。

 ダルマパンダも最後の力を振り絞る。もはやなりふり構うことなく、ここへ来てよもやのディープ・エスケープ。覇斗の編み出した技が、秘密の万力をやすやすとこじ開けていく。カウントは五だった。

 プアーーーー、とブザーが鳴り響く。

 タイムアップ。延長戦はない。即、試合終了である。


続く

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[ 2016/08/20 23:00 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(0)

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