特大家族 第三章 マケナイデ、ゼッタイカッテ  その13 (小説)

覇斗のクール・リーディングは、相手が同調してこない場合でも、そのまま基本的な攻防の構えとして用いられる。


 その状態から相手のどのような動きにも的確に対処できるような訓練を積んできたのだ。

 
 それゆえ楓の攻撃は、覇斗にカウンターを取られないギリギリのレベルを狙っていた。無茶をせず、トリッキーな動きで覇斗の意識を散らすところに重点を置いている。

 楓が覇斗に勝つ時のパターンは幾つかあるが、ほとんどは親指の長さの優位性を生かしたものだ。












投稿者:クロノイチ


 覇斗の射程外から牽制やフェイントを織り交ぜた多彩な攻撃を繰り返し、ほんの一瞬崩れた態勢を狙って、全力の攻撃を全速力でたたき込むのである。楓のもう一つの新技はその流れの究極進化形だった。技の名 は「ライトニング・スマッシュ」。覇斗へのリスペクトを込めて名付けられたその技こそが、楓の最新最大最強の必殺技だ。

 楓の変則的な攻撃が続く。右から狙うと見せかけつつ童人形をぐるりと大きく旋回させ、今度は左から攻めると思わせて一時停止。直後、真上から押さえつけにかかった。覇斗がライトニング・カウンターの態勢をとるのを察知して、瞬時に軌道修正し、上向きになった三白眼ジョーズの横腹に童人形の頭を押し当てる。刹那の差で攻撃を払いのけられたものの、楓は休まずに畳みかけた。今度は、攻めては退き攻めては退きをしつこく繰り返すヒットアンドアウェイ戦法だ。三白眼ジョーズはうるさいハエを追い払うような感じで前後左右に動き回った。

(この程度の攻撃じゃ、さすがに全部かわされてしまうわね。まあ、それでもこちらは一向に構わないんだけど……)

 楓は必殺技への布石を着実に打っていた。

 ライトニング・スマッシュは「強者がさらなる強者を倒すための超強力技」というコンセプトで開発されている。覇斗は自らを弱者と規定した上で、弱者が強者を凌駕するための技を編み出したが、それを封印したままでは楓に勝つことはできなかった。ならば楓は最初から強者以外の何者でもない。そんな自己認識に至った時、こんな発想が生まれた。
(覇斗君の技を覚えてあたしは強くなったわ。でも、もっともっと強くなれるはず。最高に鍛え上げたあたしの指先のパワーとスピード── そいつを極限まで生かしきる技を身に付けられたら……)

 強者が強者であることに驕ることなく、強者にしか成し得ない技を身に付け、さらなる高みを目指す。── 楓は自分の裡にその理想を抱いて、二カ月間、己を鍛え続けたのだった。

「やあっ!」

 唐突に楓が叫んだ。実際の童人形の動きを伴わない、気合のみのフェイントである。真の攻撃はその直後からだ。

 当然というべきか、三白眼ジョーズは陽動には引っ掛からなかった。しっかりワンテンポ待って童人形を迎撃する。それからは一気に覇斗のペースだ。楓は守勢に回るしかない。近い間合いからの食らいつくような波状攻撃に、童人形はたまらずエスケープゾーンに入った。

 追撃を止めその場でじっと待ち構える三白眼ジョーズ。通常時なら、そこで楓は一旦呼吸を調えて、態勢の立て直しを図る。アグレッシブな攻撃を身上とする楓が敢えてエスケープゾーンに入るのは、そうするほかない状況に追い込まれたからだ。ゆえに、状況が変わるまで楓は動かない。──そのはずだった。そこに生じる一刹那の油断。覇斗は、楓の出方を読むための思考に少しだけ意識を割いた。

(行けっ!)

 童人形は一秒たりともエスケープゾーンに留まっていなかった。神速の反転攻撃が完璧に覇斗の裏をかく。

 楓が右足をダンと強く踏み出し、腰を勢いよく回転させた。超高速で手首を内側に巻き込みながら、肘を大きく外側にずらす。童人形はエスケープゾーンを爆発的な加速で飛び出し、ほんの束の間棒立ちになった三白眼ジョーズに、遠心力を生かした強烈な体当たりを浴びせた。

 ただの体当たりではない。腰の切れ、重心の変化、肘の移動、手首のひねり、それらが一瞬のうちに連動して親指の先の一点に極限のパワーとスピードを与えている。相手がどれだけガチガチに防御しようとも、問答無用で打ち倒せる圧倒的な打撃。それを、敢えて相手の油断を誘った上でぶつける。文字通りの「必殺技」だった。── 長い親指を死神の鎌に変え、押さえるのではなく薙ぎ倒す。譬えるなら稲妻の速さを備えた竜巻。それこそがライトニング・スマッシュである。

 楓はエスケープゾーンに逃げ込んだわけではなかった。最大の加速と衝撃力を得るために、敢えて遠い間合いを取ったのだ。だが、わざとそうしたのでは覇斗に余計な警戒心を抱かせてしまう。試合の自然な流れの中で、必然的にエスケープゾーンに入り込むのでなければならなかった。これまでの攻勢も劣勢も全てはそこに至るためのものだ。

 ── そして今、可憐な童人形が獰猛な三白眼ジョーズを完璧に押し潰していた。

(シークレット・バイス、テン・タップレット!)

 絶対的有利な状況下になっても楓に隙はない。技を全く出し惜しみすることなく、完全に勝負を決めにかかる。この三連コンボを受けてテンカウント内で脱出することは、グレート・クマゴローでさえも不可能だろう。

「いちにさん……」

 三白眼ジョーズは身動き一つ取れない。

「── しごろく……キャアッ!」

 ガタガタガタン!

 轟音とともに突如試合台が激しく揺れ動いた。

 楓もカウントを続けられない。観客席の至るところから悲鳴とも怒号ともつかない叫び声が上がる。楓は蒼白な顏で自分の右手を見た。信じられないといった表情である。

 重量があって滅多なことではびくともしない試合台が、いったいなぜ揺れたのか。それは、あまりにも非常識な、誰にも予期できなかった事態が起こったからだった。


 ピッピッピッピーッと、審判がホイッスルを吹きまくり、試合を止める。一回、楓の赤旗を上げかけたが、すぐに下ろしてアナウンス席の方に駆け込んでいった。

「えー、旗では説明しづらいので、マイクにて判定を申し上げることにいたしました」

 覇斗は楓からも審判からも視線を逸らし、ただうつむいている。

 審判は毅然とした声でこう言った。

「ただ今の攻撃、宮城選手に技ありを認定します。また、高柳選手には、『組んだ手を故意に振りほどく行為』 による反則一、『肘を試合台から離す行為』 による反則一、そして 『試合台を故意に動かす行為』 による反則一が課せられます。よって、宮城選手に技あり四を与えて、試合を再開いたします」

 会場内が一気に騒々しくなった。皆、口々に何かを言っている。一番多いのは覇斗に対する非難の声だ。覇斗に向けられる視線も当然の如く、冷たく厳しい。無理もなかった。覇斗は、今までどの敗者もやらなかった子供じみた禁断の脱出法を使ってしまったのである。審判がアナウンスした反則事由が、覇斗の行ったことの全てを物語っていた。

 一瞬にして覇斗に、卑怯者の烙印が押されようとしている。その時、楓が勢いよく掛け出した。宮城家の応援団の陣取る観客席の真下に仁王立ちになり、叫び始める。

「みんな、覇斗君のこと悪く思わないで。あたしが覇斗君に頼んだの。なりふり構わずに勝ちに来てって。紳士的な覇斗君にならもう何度も勝ってる。でも、あたしは全てを出し尽くした覇斗君の上を行きたいのよ。だからみんな、黙って見てて。覇斗君は決して悪くない。あたしとの約束を本気で守ってくれただけなんだから」

 宮城家の応援団が鎮静化する。やや遅れて会場全体が静けさと落ち着きを取り戻した。楓のよく通る澄んだ声は、会場全体に大きく響いていたのである。

 一方、覇斗は楓の言葉を聞くまで、やっちまったな俺、と半分後悔していた。

 楓の必殺技にしてやられたのは事実であり、そこで諦めていればキレイにすっきり終われていたはずなのだ。反則を犯してまで勝負にこだわる必要はなく、また、本心から勝ちたいと思って真剣に戦っていたから、あのまま負けたとしても楓から「手を抜いた」となじられる恐れはなかった。ただ、「どんなえげつない手を使ったとしても蔑まない」という楓の言葉を、「勝つためには手段を選ばず、卑怯な手でもなんでも使え」というふうに心中で受け止めてしまっていたことが、とっさの行動として出てしまったのである。

 勝負に集中するあまり、視野が狭くなっていたとしか思えない。

 しかも現時点で技ありを四つリードされている。残り時間は僅か三十二秒に過ぎなかった。この後、楓がずっとエスケープゾーンに籠もりきってしまえば、もうどうしようもない。反則三つ分は取り戻せるが、そこまでだ。もはや負けは確定である。結局、覇斗の反則は、自分の株を下げただけでなんの意味もなかった。その上、楓の許容範囲に卑怯な反則までも含まれている保証はなかったし、周囲からの冷たい視線を浴びて実際に苦痛を感じてもいたのである。

 だからこそ、覇斗は楓の力強い弁護に本当に救われた思いだった。すっかり追いつめられて後悔しかかっていたところへ、思わぬ救いの手が差し伸べられたという感覚だった。気分がすうっと楽になり、安堵の息が洩れる。
 

続く

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[ 2016/08/29 23:00 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(0)

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