特大家族 終章 カオスの予感  その1 (小説)

平野茉莉花は、帰りの車に乗るまで一言も口をきかず、ずっと何かを胸の奥で必死に押さえつけているような強張った表情をしていた。

 
 平野南花が運転する古びた国産ワゴンには、平野家の一家五人が乗り込んでいる。茉莉花の隣の花梨花が真剣に姉を気遣ったが、なんの反応も返ってこないため、おろおろして落ち着かない。


「心配すんな。トイレだよ、トイレ。どうせ体育館でしそびれたんだろ」

 松之進が大声で茶化すと、茉莉花が 「馬鹿……、違うわよ……」 と目に涙を浮かべながら呻くように呟いた。












投稿者:クロノイチ


 車内が突如として静かになる。ただ事ではないことが茉莉花の身に起きているようだと、誰もがそう感じ取った。余計な刺激を茉莉花に与えぬよう、全員が黙りこくる。南花は急発進・急ブレーキ・急ハンドルを避けつつ全力で車を走らせた。

 数分後。南花のワゴンが宮城家に到着した。他の家族の車はまだ一台も帰ってきていない。帰宅一番、一目散にトイレに駆け込むかと思われた茉莉花だったが、とぼとぼと歩いて向かった先は意外にも南花の部屋だった。

 乱暴な音を立ててドアが閉まる。茉莉花はいきなり南花の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らし始めた。涙が堰を切ったように溢れ出す。

「茉莉花、どうしたがけ?」

 南花は茉莉花を強く抱きしめた。

「わたし、もう占いやめる……」

「な……! 急になんがあったが? あんた、変やよ」

「全部台無しにしちゃった。わたしのせいで。高柳さんと楓ちゃんにひどいことしてしまったわ」

「言ってる意味がさっぱりわからんちゃ。いったいあんたが何したっちゅうが? お母ちゃんに言うてみ」

 茉莉花は南花の胸から顔を上げ、右手の甲で涙を拭いた。

「二ヶ月前、ほんの軽い気持ちで二人の相性を占ってみたの。変な運勢が出たわ。異なる幾つもの未来が確率の形で示された。わたしの占いでは、時々あることなんだけど、あんなに混沌としていたのは初めて」

「ああ、あんた言っとったね。『未来の物事には、それが確定する時点、それを確定させる事象があって、その時が来るまでは全ての未来は確率の形で顕れる』 って」

「うん。未来が確定するまで、何も断定しないから、わたしの占いは滅多に外れないの。これ、企業秘密」

「まあ、あんたの占いはあんたにしかできん特別なやつやから、あたしが聞いたってどうにもならんけどね」

「で、その占いで示された未来の中に、『死』 の確率が紛れ込んでたの。それもかなり大きな数字が」

「…………。それは、結構ヘビーやね……」

 数秒の沈黙を置いて、南花は真顔でそう言い嘆息した。茉莉花の占いの的中率がいかに凄まじいかを熟知しているからである。

「高柳さんと楓ちゃんが付き合うかどうかを知るための占いだったから、それが確定した時点で、最悪の場合、死の運命も確定することになるわ。時間はそんなになかった。でも、わたしにできるのは、未来を限定的に知ることだけ。どう動けばいい方向に未来が動くのか、そんなこと、全然わからない。ひたすら細かく占って、死の確率が大きく出たら、すかさず何かしらの干渉を行う──二人の間がつかず離れずの状態で保たれるように── それしかなかった」

「あんた、全然変わった様子も見せんと、陰でそんなことやっとったんけ?」

 南花が驚愕の表情を見せる。

「うん。誰かに相談できるようなことじゃなかったから。相談して、もし悪い方向に転がったらと思うと、お母さんにも言えなかった」

「そっか。未来は繊細なガラス細工みたいなもんやしな。わかるちゃ。でも、一人で二人分の運命背負って辛かったやろ」

「そんなこと言ってられない。頑張るしかなかった。そうこうしているうちに、高柳さんと楓ちゃん、どんどん接近していって、ああ、これはくっつくなと確信したの。なら、絶対にハッピーエンドを迎えさせてあげよう──そう考えて動き回った。美晴子ちゃんの邪魔もしちゃって、悪かったと思う。でもね、やっと、やっとね、高確率でハッピーエンドに繋がる『運命の分かれ道』が見えたのよ」

「 『運命の分かれ道』?」

「それは、今日の大会で楓ちゃんが優勝するか否か、ってこと」

「楓ちゃんが優勝したらどうなっとったがけ?」

「九十八パーセントの確率でハッピーエンド。ほぼ間違いないって数字。で、楓ちゃんが優勝する確率を占ってみたら、そっちは九十九パーセントだったわ。わたしが余計なことさえしなければ、まず安心── そう思った」

「なのに茉莉花は動いてしまったがやね」

 茉莉花が目を伏せ、後ろめたそうな顏で、ゆっくりと頷く。

「確率ではたった二パーセント。だけど最悪の目が出る予感が、試合の終わりが近づくにつれて、どんどん膨らんできたの。『心配するな、大丈夫だ』 って、幾ら自分に言い聞かせても駄目だった。もう、耐えられないくらい辛くなって、高柳さんとふと目が合った瞬間、思わず願ってしまったの。── 『絶対に勝って』 って」

「そんなんで本当に大逆転してしまうんやから、ハト君の底力も相当なもんやね」

「きっと、高柳さんの勝利を願ったわたしの行動それ自体が、あの試合結果を確定させるキーだったんだわ。たった一パーセントの確率でしかあり得なかったあれを……。だから全ての責任はわたしにある。わたしが、高柳さんと楓ちゃんからハッピーエンドを奪い取ってしまったの。ほんの塵ほどの可能性に怯えて、つい 『余計なこと』 をしてしまったわたしが……」

「待って、茉莉花。少し考えさして」

 そう言って南花が静かに目を閉じた。いつもの豪快さや陽気さは微塵もなく、占い師としての威厳も妖しさもない。あるのはただ、我が子を真剣に想う母親の姿のみである。しばらくして考えがまとまったのか、彼女はゆっくりと目を開いた。

「茉莉花……。あんた、前に言うとったわね。『自分の微かな霊感に基づいて、占いアプリのパラメーターをその都度微調整することで、的中率を増大させる』って」

「うん。そんな感じ」

「それね、あんたの感覚的にはそうなんかもしれんけど、お母ちゃんはもうちょい具体的に分析しとる」

「具体的に?」

「そうや。── まず、あんたの霊感やけど、ホンマは途轍もないもんがあると思う。ただ、同時に欠陥もでかくて、差し引きすると微妙なもんになるんやちゃ」

「そんなの初めて聞いた。お母さんはどうしてそう言い切れるの」

「そりゃ、あんたの最高の能力が 『未来を感じる力』 やからやよ」

「『未来を感じる力』?」

 唐突に切り出された言葉をどう受け止めるべきか迷って、茉莉花は曖昧な顏をした。

「あんたには『占いの能力』やいうふうに説明しとったっけ。そん時はどっちでも大して変わらんような気がしとったがいちゃ。やけど、後でよう考えてみたら全くの別もんやった」

「どう違うの?」

「『未来を感じる力』 はね、『未来を知る力』 じゃないがいちゃ。ただ 『感じる』 だけ。アンテナみたいなもんなが。アンテナとしては恐ろしく高性能。でも、感じた未来を意識の中でビジョンとして視る能力は、あんたにはこれっぽっちもない」

「じゃあ、占いは……」

「受像機の代わりやちゃ。あんたがやってるアプリの微調整は、チューニングみたいなもんやね。ちゅーても所詮はスマホのアプリ。どうやったって映像は見れんし、情報の取りこぼしも多い。出てくる言葉は抽象的な単語の羅列。そこをあんたは具体的に解釈して確率まで出しとるんやから、大したもんやわ」

「……」

 茉莉花は一向にぴんとこない様子だった。

「そっでもね、茉莉花。どれだけ頑張っても誤差はゼロにはならんが。言うなれば、モザイク処理された画像から元の画像を復元するようなもんやし。占いに完璧を求めるのは無理と思っといた方がいいちゃ」

 南花が申し訳なそうな口調で言う。それは、外れない占いを工夫し続けてきた愛娘の情熱をやんわりと否定する言葉だった。茉莉花が大きく目を見開く。

「もしかして、お母さんは、あの二パーセントが、ただの誤差やったと言いたいがけ? 本当は百パーセント、間違いなくハッピーエンドやったがに、わたしが誤差に振り回されて先走ったせいで、全部ぶち壊しにしたって」

 茉莉花は激しく取り乱した。覇斗と楓がハッピーエンドを迎える未来── それを自らの願いで破壊に導いたのは、ひとえに二人から、死に至る確率を排除するためだ。もしもその確率が初めからなかったとしたら、茉莉花の行動は、ただの要らぬお節介に過ぎなくなる。どこにも正当性を見出すことができなくなってしまうのだ。

「ううん。そんなんじゃないがいよ」

 南花は、茉莉花を抱きしめる腕に力を込めた。

「── あんたの占いの的中率を考えたら、普段は誤差の影響なんか、無視できるくらい微々たるもんなんやろね。やけど、占いの中で確定していたはずの未来が現実と違ってたってこと、たまにあるんやろ? きっと、なんかの拍子に誤差がメチャクチャ大きく出ることもあるんやわ。そん時だけは占いが大外れする確率も桁違いに高くなる」

 そう言われてみると、茉莉花にもはっきりと思い当たる節があった。事実、彼女の的中率は百パーセントではない。だからこそ、占いアプリの調整の甘さというテクニカルな部分に外れの原因を求め、より精度を高めるべく様々な努力や工夫を続けてきた。── しかし、もっと根源的な部分に原因があるのだとしたら……

 はっとして母親の顔を見ると、普段の豪放さとは裏腹の、慈愛に満ちた表情がそこにある。茉莉花は安心して母親の胸に顔を埋めた。

「── お母ちゃんはこう思うがいちゃ。あんたが、不安で居ても立ってもいられなくなったっちゅうなら、そのままやと、百パーセント、バッドエンド一直線やったんやないがかな。それこそ、占いで出た確率なんか関係なしに」

「え……?」

「あんたの霊感は、未来の出来事を感じることに特化しとるけど、一応、占いアプリを調整するためのインスピレーションを発することもできるわけやちゃ。意識下の方じゃ、未来の輪郭ぐらいは認識できとるんやないかな」

「……」

「んで、今回は誤差が特に大きく出たんやと思う。占いの結果と本来の未来に思わぬズレが生じて、それが最悪ともいえるレベルやったと。そこであんたの無意識は強い不安の形で危険信号を発した……。── どう? そう考えたら辻褄が合わんけ? つまりな……」

 南花が息を切り、茉莉花が唾を呑み込んだ。

「あんたはハト君と楓ちゃんを確かに死の運命から救ったっちゅうわけや。これって凄いことやよ。一人でよう頑張ったなあ」

 南花は目を潤ませながら、優しく茉莉花に微笑みかけた。

「── お母さあん」

 茉莉花の目からも再び涙が溢れ出す。地獄から一気に救い出された心地だった。

「もう泣かんでいいよ。ハト君と楓ちゃんにも胸を張って会える」

「うん」

 頷きながら茉莉花は、南花の娘で本当によかったと思った。

 とはいうものの……。

 マダム・サザンカこと平野南花。北陸州で最も有名な占い師にしてカウンセリングの女王。人の心を癒し不安を解消させるためには、当たらない占いをも逆手に取り、出任せや当てずっぽうを真実と言い張り、嘘も方便と広言してはばからない上に、どんな嘘っぱちの演技も完璧にこなす。そんな母親の実像を知っているだけに、ホントに信じていいんかな、と茉莉花は心の奥底でふと考える。

(まあ、いいちゃ。悪い方に考えるのはやめとこ)

 あまりにも都合のいい幸せ過ぎる結論のため、正直なところ半信半疑ではあった。しかし、だからこそ嘘でもいいから信じていたいと思う。茉莉花は母親の言葉をそのまま受け入れることにした。もとより彼女を咎める者は誰もいないのだ。要は自分の罪悪感を振り払うことさえできたなら、それですっきり片が付く問題だったのである。

 茉莉花が落ち着きを取り戻したのを見定めて、南花は抱き締めていた腕をゆっくりとほどいた。


続く

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[ 2016/09/06 23:00 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(0)

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