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幻三郎旅日記 第一話 「風の中の剣鬼」 その3 (小説)

弥陀ヶ原幻三郎が衛士の住む村に着いたのは、ちょうど日の出の頃である。

 
 表面的には、確かにただの山村だった。

 
 散在する茅葺き屋根の家々、山の南斜面に開かれた棚田や段々畑。人目を引くようなものは何もない。

 何人かの女達が小川で洗濯をしたり、米を研いだりしていた。皆、粗末な麻の衣服を身に纏い、互いに一言も交わすことなく、無表情で己の作業に励んでいる。

 男の姿は一人も見えない。幻三郎は女達の方へ近づいていった。












投稿者:クロノイチ


「庄屋殿の御屋敷はいずこか?」

 尋ねると、全員が一斉に手を止め、幻三郎を注視する。

「あそこ……」

 女達は声を揃えて遠くを指差した。ずっと向こうに雑木の木立が見える。その中から黒い屋根らしきものが覗いていた。

「あれか?」

 女達が同時に頷く。幻三郎は型通りの礼を言い、教えられた家を目指した。


 そこは、なかなかの風格を備えた屋敷だった。入母屋造の二階建てで、壁は漆喰で塗り固められている。周囲の見すぼらしい家々とは造りが全然違う。門や塀こそないものの、さすがに庄屋の屋敷である。

 幻三郎は木立の下を通り抜け、玄関の前に立った。不意に戸がガラリと開く。白髪白髯の痩せた老人が出てきた。髪は総髪にし、栗皮色の羽織を着ている。すっきり伸びた背筋と鼻筋の通った気品漂う顔立ちが印象的だった。

「あ、失礼。私は……」

「弥陀ヶ原幻三郎殿じゃな」

 老人が幻三郎の盛り上がった右肩に視線を遣る。

「いかにも」

「凄まじい剣気よの。近づいてくるのが、はっきりわかったぞ」

「貴公が霧ヶ谷一風斎(きりがたに・いっぷうさい)殿か」

「さよう。それがわしの真の名だ。普段はこの村の庄屋として、田中茂兵衛を名乗っておるがな」

 霧ヶ谷一風斎は仄かに笑みを浮かべた。品のいい顔に得体の知れない妖気が一瞬宿る。

「―― さ、立ち話も何だ。中で話そう」

 一風斎に案内され、幻三郎は床の間のある客間に入った。

「御屋敷の中で笠を取らぬ無礼と太刀を置かぬ非礼をお許し願いたい」

 そう前置きして、一風斎の前に座る。

「何か子細がありそうじゃな」

「は」

「まあいい。聞かぬとしよう」

「かたじけない」

 幻三郎は軽く会釈をした。霧島十蔵や霞兵衛と話した時とは、言葉遣いも態度も少し違う。年長者に対し、幻三郎なりに敬意を払っているのかもしれない。



 襖が開き、坊主頭の少年が茶を運んでくる。

「しばらくは誰もこの部屋に近づけてはならぬ」

 一風斎が言うと、少年は無言のまま座礼し、部屋を出ていった。

 静かな室内に静かな足音が響く。

「ところで……」

 一つ咳払いをして、一風斎が切り出した。

「霧島十蔵はどうだったかな」

「妙な男でしたな」

「歯応えはあったか」

「全く。―― あのぐらいの腕の者があと十人もいれば、結構まともな勝負になった気は致すが」

「あやつは忍びとしては最強の部類に入る男。それをたやすく倒すとは、やはりそなたを選んで正解じゃったな」

 一風斎は自己満足の笑みを浮かべた。もはや、霧島十蔵の生死はどうでもいいことのようだ。顔からは、先刻までの品の良さが一度に飛び散ってしまっている。人格から滲み出た気品ではなかったということか。

「用件を承ろうか。貴公の手紙には、肝心のことが書かれておらぬ」

 幻三郎は茶碗に手を伸ばし、笠の内側で茶を一口啜った。

「―― 甘い……?」

 独り言を洩らし、茶碗を置く。上質の茶を飲んだことがなかったのだろう。

「では、話そう」

「ふむ」

「ある男を斬ってもらいたい」

「何!」

 凄まじい殺気が一風斎の顔面を射た。幻三郎は片膝を立て、今にも掴みかからんばかりである。一風斎の顔からサッと血の気が引いた。慌てた様子で右手を前に突き出す。

「待て。早まるな。そなたが一対一の闘いを嫌うことぐらい知っておる。わしは、取り引きをしたいのじゃ」

「取り引きだと?」

「そうじゃ」

 幻三郎は座り直した。

「聞くだけは聞いてやろう。話せ」

 冷やかな声だ。一度怒ったためか、普段の不遜な口調にすっかり戻っていた。

「そなたは大勢の人間と一度に仕合うのが好きらしい。何というか、その手の仕合を求めて生きている節がある。どうかな。ある男と闘って見事倒せば、そなたの望み通りの仕合の相手を工面してやるが」

「雑魚なら、充分間に合っている」

「雑魚は駄目か? 人斬りさえできれば相手は誰でも構わん、というわけではないようじゃな」

「そちらから持ち掛けてきた取り引きだ。少しばかりの贅沢は言わせてもらう。貴公の手紙にも、失望はさせんと書いてあった」

「ふ。難敵と闘うことを贅沢と言うか。根っからの兵法者よの。噂の外道と実物は全然違うわい」

 一風斎は薄く笑った。

「―― ふふ。案ずるな。腕達者を揃えておこう。少なくとも二十人は」

「本当か?」

「嘘は言わぬ。ここまで来て、手ぶらで帰ることもあるまい」

 幻三郎が顎に右の掌を当て、首を傾げる。彼の方にも、ここまでの旅路を無駄にしたくないという気持ちが多分にあるのだろう。

「わかった。その取り引き、乗ってやる。大坂の陣が終わってこの方、手練の集団と剣を交える機会など久しくなかったからな」

 長い思案の末、幻三郎は恩を着せる態度でそう言った。

「すまぬ。助かる」

 対等の取り引きにも関わらず、一風斎は下手に出て、感謝の意を表した。幻三郎の気短さを考慮に入れてのことだろう。

「ただ、これだけは聞いておく。たった一人を斬るのに、どうして俺の力を必要とするのだ。衛士というのは、腰抜け揃いか?」

 その問いに一風斎の口許が瞬時に引き締まった。

「なぜ 『衛士』 という言葉を知っておる?」

「来る途中にいた不寝番に聞いた。確か霞兵衛とか言ったな」

 一風斎は真っ青な顔になっていた。

「そんな男は衛士にはおらぬ」

「何?」

「不寝番など置いておらぬのじゃ。―― そなたは誰と話した!」

「と、言われても困る」

 あたふたと幻三郎は言葉を返した。

「どんな男じゃ?」

「背が低くて顔がでかくて歯並びの悪い奴だ。本当に衛士ではないのか?」

 幻三郎は信じられぬといった風情である。

「違う。―― 何を話した?」

「衛士と岬護家について少しな」

「岬護家のことまでか!」

「ああ。俺にとってはどうでもいい話だったが」

「――まさか、『天敵』 が……。しかし、何ゆえに……?」

 虚空を見つめ思案に暮れていた一風斎は、やがて、髪を振り乱し、慌ただしく立ち上がった。

「そやつとどこで会うた?」

「川の向こうの長い坂、と言えばわかるか?」

「しばし待たれよ」

 恐ろしい早口でそう言い置いて、一風斎は部屋を飛び出していく。

 場に残された幻三郎は、首を左右に激しく振ると、腕組みをして俯いた。



 一風斎が部屋に戻ってきたのは、それから四半刻が過ぎてのことである。

「どうだった?」

 何気ない調子で幻三郎は問うた。一風斎の反応を窺ってか、詮索めいた口調ではない。

「一応、追手を出した。とはいえ、もう間に合わんじゃろうな」

「やはり伝説の『天敵』なのか?」

 一風斎はじろりと幻三郎を睨んだ。

「わからぬ。何せ『天敵』を見た者は誰もおらんのじゃから。岬護家に伺いを立てねばならぬ」

「岬護家の者ならばわかると?」

「そこが心配なところじゃ」

「なぜだ? 岬護家の者は神の代行者なのだろう?」

 幻三郎は不思議そうに言った。

「今の御当主にはその自覚がまるでない。好き勝手のし放題じゃ。が、当主以外の者に神の言葉は降りぬ。それゆえ困っておる」

「ほう」

「たかが人一人斬るのに衛士を使えぬ理由、わかったか?」

「…… 何!」

 唐突な一風斎の言葉に、幻三郎は驚きの声を発した。

「―― 俺に、貴公らの主君を、斬れと?」

「我らの主は神だけじゃ。岬護家の当主はその代理。代理が代理の役目を果たさぬとあらば、それは神の意志に反すること。最大の罪に当たる」

「それで殺そうというわけか」

「さよう。新たな当主を迎えねばならぬ。されど、それはわしの独断ではないぞ。わしは衛士の頭領、霧ヶ谷家の当主として、神に与えられた役目に従って動くに過ぎぬ。すなわち、全ては神の御心の通り」

 一風斎は天井を仰ぎ、厳めしい形相と重々しい口調で神の威厳を表現した。胡散臭さがどことなく付きまとう。幻三郎はふうっと吐息を洩らした。

「やれやれ、貴公も一介の神の道具に過ぎぬということか。やけに人使いの荒い神だな。いかなる神だ?」

「さあな」

「は?」

「太古の昔、ただ単に『岬』と呼び称せられし岬にましました神―― わしはそれしか知らぬ。我らが先祖は聖なる『岬』を警護し、神の手足として生きてきた。『岬護』の名の由来じゃ。やがて大地震により『岬』が水没し、神はいずこへともなく去られたという。そして後事は全て岬護家に託され、分家たる霧ヶ谷家にその補佐が命じられた」

「で、正体もわからぬ『天敵』を倒すのが与えられた使命か」

 皮肉っぽく幻三郎が問い掛ける。

「当面はな」

 大真面目に一風斎は答えた。

「ふうむ」

「どうした」

「あんまり浮世離れしているんでな。どうも付き合いきれん」

 率直な声の響きだった。一風斎の白い眉がピンとつり上がる。

「誰が付き合えと言った。そなたは一度限りの取り引き相手に過ぎぬ。頼んだことをやってくれればいいのじゃ」

「それもそうだ」

 幻三郎に悪びれた様子は全くない。怒りを軽く受け流されて、一風斎が毒気を抜かれた顔になる。

「ところで、当主の名は岬護、何という?」

「岬護幽一郎(みさきもり・ゆういちろう)様じゃ。幽一郎の『ゆう』は幽玄の幽」

「幽霊の幽か」

「そうじゃ」

「そいつはどこにいる?」

「ここに来る途中で、小さな湖を見なかったか」

「見たような気もするが、夜だったからな」

「行けばわかる。泥深い沼を見掛けたら、そいつがその湖じゃ。最近、泥がやたらと溜まり出してな、すっかり昔の面影がのうなってしもうた」

「ほう」

「とにかく、幽一郎様は、その湖のほとりの祠の中に住まわれておる。本当は立派な御屋敷が別の場所にあるのじゃが……」

「祠か。それだけわかれば充分だ。行ってみよう」

 幻三郎はおもむろに立ち上がった。

「任せたぞ。『天敵』が出現したとなれば、すぐにも新たな当主を迎えねばならん。今日中に頼む」

 一風斎が緊張した面持ちで幻三郎を見上げる。やはり、一抹の不安は拭い去れないようだ。

「ああ。やってやる」

 幻三郎は、自信満々の態度で玄関へ向かった。

「わしの名は金輪際出すなよ」

 失敗した時のことを恐れてか、一風斎が後ろから言い足してくる。物臭げに小さく左手を上げて応えた幻三郎は、一度も振り返ることなく屋敷を後にした。



続く

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[ 2017/01/24 23:15 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(0)

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