特売で買っとくばい (ショート・ストーリー)

我が地元の百貨店は、半年に一度、八階特設会場で衣料品の大特売をする。


 三割引から八割引という、そう珍しくもない割引率なのだが、毎回開店前から大行列ができる盛況ぶりだ。


 なぜかというと、通常 「割引対象外」 が当たり前の高級ブランド衣料が、少量とはいえ、当たりくじさながら、安物の商品の中にまぎれて超格安で売られているからである。

 行列に並ぶほとんどの人がこれを目当てに来ているらしい。
 
 そして、俺は今、まさにその行列に並ばされているところだった。

 そう。並ばされているのだ。












投稿者:クロノイチ


 ちなみに妻は俺の真後ろに「並んでいる」。

 早朝にたたき起こされて朝食も取らずに始発の電車でやってきた俺は、開店までの長い時間、空腹に苛まれ続けることを宿命づけられていた。

 辛い。寒くてひもじくてかったるい。出発前、俺はさんざん抵抗した。この特売セールの特殊なルールを説明して、早くから並ぶ必要がないことを力説したのである。

 だが無駄だった。その時の会話は以下の通り。


「―― まず、あのデパートの特売は、ただ安いだけが取り柄の当たり前のバーゲンじゃないんだ。客寄せとして、みんなが楽しめるイベントを目指している。宝探しゲームに近いかな」

「そうなんですの? 確か、お店からの招待状には 「目玉商品満載の季節物売り尽くしバーゲン」 としか書かれていなかったはずですけど」

「それはそれで合ってる。ただデパート側としては、早くから並んでいた人間だけが目玉商品を独占できるような、スリルもワクワクもないイベントにはしたくなかったんだろうな、おそらく。―― そんなわけで、色々細かいルールに基づいてイベントが進むようになってる。誰にでも目玉商品ゲットのチャンスがあるように」

「あなた、やたらと詳しいんですのね」

「いつか読んだ、地元の人のブログの受け売りさ。―― で、話を続けると、行列の先頭から順に通し番号の付いた整理券がもらえる」

「そうなんですの?」

「うん。肝心なのは、整理券の番号順に特売会場に入れるわけじゃないってことさ。開店後に結構派手な抽選イベントがあって、例えば一番最初の抽選で 『0』 の数字が出たら、整理券の末尾の数字が 『0』 の人間だけが先に入場できる。で、制限時間が来たら客は総入れ替えになって、次に抽選された数字を整理券の末尾に持つ客が入れる、って仕組みなんだよ。だから、先に並ぼうと後に並ぼうと有利不利なんてものはない」

「ですけど、整理券に数の限りがないわけではないのでしょう?」

「確かに、それはそうだが……。うーん。三百枚限定だったかな?」

「のんびりし過ぎて、整理券そのものをいただけなかったら一大事ですわ。やっぱり早く行くことに越したことはありません。すぐ出ましょう 」

「待ってくれよ。『腹が減っては戦は出来ぬ』 っていうだろ」

「いいますわね。でも、ここはほら、『腹が減っても行くさ』 ってことで。―― さあ、急ぎますわよ」


 と、いうわけだ。まあ、仕方がない。妻は 「こうと思ったら絶対に譲らない女」 だからな。こっちが折れるしかない。


 ところで、さっきかち行列の前の方で、懐かしい顔が見え隠れしている。ここの特売セールの評判を嗅ぎつけてやってきたのだろう。

 あいつらは言うなれば特売マニア。お得度が特に高い特売セールを目掛けて、全国各地を飛び回り、持てる技術と能力を駆使して目玉商品を買い漁る。まあ、幾ら商品が安く買えたところで、交通費やら宿泊費やらが掛かるわけだから、絶対に元は取れないと思う。それでも行かずにいられないのがマニアたる所以である。

 人呼んで 「バーゲニスト」。

 何を隠そうこの俺も、結婚するまではバーゲニストの端くれだった。特売情報に詳しいのはその頃の名残だ。もっとも俺は、競争率の低い紳士衣料専門だったから、当時からそう気合が入っていたわけではない。婦人衣料の会場でしばしば起こる、女のバーゲニスト達の熾烈な争奪戦を、陰からじっかり鑑賞することの方が楽しかった記憶がある。

 ゆえに、俺の方はあいつらの顔をよく知っているが、あいつらには俺の顔は知られていない。せっかくだから、久しぶりにバーゲニスト達の観察でもしてみるか。


 行列の一番前でストレッチ運動をしているランニングスタイルの女は、間違いなくあいつだ。

 通称 「早駆けのケイ」。

 一日二日の徹夜は当たり前。時には特売の一週間も前から行列の先頭に陣取る。そして、開店と同時に百メートル十二秒の快足を生かして、特売会場まで階段を一気に駆け上がるのだ。エスカレーターは言うに及ばず、エレベーターの客よりも遙かに早く会場に到着する勇姿は、しばしば箱根駅伝の「山の神」にも例えられるほどだった。

 ただし、今日も当然の如く定位置をキープしているものの、このデパートのルールの前では完全に無意味。下調べが足りないと思う。

 で、その少し後ろにいる山のようにでかい女―― 彼女こそが、かの有名な 「トリプルバスケットのお京」 である。右手に三つのマイバスケットを持ち、特売品をそこそこの見極めで取り敢えず詰め込んでから、後で吟味して要らないものを棚に返すというスタイルだ。

 とはいえ、この特売セールは、会場内のカゴを一つだけ持って買い物をするルールになっている。彼女の得意の戦法は使えない。これまた下調べが足りないと思う。

 ん?―― まだいるな。「トリプルバスケットのお京」 の巨体に隠れてあんまり見えないが、時折チラリと姿が見える。あれこそは 「完全分業・こまどり三姉妹」 じゃないか。

 三人がチームとなり、一人が目ぼしい商品をとにかくカゴに詰め込み、次の一人が一点一点の品質とデザインとサイズを吟味、残る一人が価格を確認して最終的に購入する商品を選定する。恐ろしいまでのチームワークだ。

 が、残念。三人がひとかたまりで並んでしまっている。これだと三人の整理券の末尾の数字はバラバラだ。同時に入場するのは不可能である。またしても下調べが足りない。

 どうやら百戦錬磨のバーゲニスト達の本領が発揮されることは、今回はなさそうだ。つまり、我が妻にも充分チャンスがあるということである。


 そしていよいよ開店。十分後、特売会場の前の広場でちょっとしたセレモニーが行われた。次いで、整理番号一番の 「早駆けのケイ」 が戸惑いの表情を見せながら、巨大な十面サイコロを床に転がす。

 数字は 「7」。

 「1」 を出し損ねた 「早駆けのケイ」 が床にへたり込んだ。御愁傷様。整理券の末尾の数字 「7」 ってことは…… ラッキー。俺が当たりだ。妻とにこやかに整理券を交換し、ひとまずお役御免である。

 整理券の枚数が三百枚ということは最初の入場者が三十名ということだ。店内に呼び出しがかかり、当選した人々が開場前に集結する。そこで、ルールの最終説明があった。

 制限時間は十分間。タイムアップ後にカゴに入っている商品は全品購入すること。それができない場合は全品放棄しなければならない。

 なるほど。本当にこれはゲームだな。短い時間内に、本当に必要なもの、自分に似合ったものを見つけ出してカゴに入れなければ却って損をしてしまうということか。

「行ってきますわ」

 妻が俺に手を振った。数秒後、開始の笛とともに三十人の特売戦士達が一斉に会場に流れ込む。妻の目指す先は間違いなくコートの売り場だ。カシミア百パーセントのロングコートが、なんと八割引である。招待状でこの商品を知った時の妻は、獲物を捉えた鷹の如く目を爛々とさせていた。

 だが、妻よ。あのコートは超目玉商品だから、きっと一点限りだぞ。何十ものコートの中から、誰よりも早く見つけ出すことができるのか。

「あ……」

 俺は思わず声を漏らした。

 あのコートは絶対に当たりだ。遠目で見ても高級感が滲み出ている。そのコートに妻ともう一人の女が同時に手を伸ばした。いかん。これは取り合いになる。

 俺は成り行きを見守った。膠着状態が続く。一言も口をきかない睨み合いだ。

 残り二分を切ったところで、相手の女が舌打ちをしてコートから手を離した。無理もない。せっかくのチャンスに何も買えずに終わってしまう最悪の事態を避けたかったのだろう。

 フフフ、相手が悪かったと思って諦めるしかあるまい。何しろうちの妻は 「コートを持ったら絶対に譲らない女」 だからな。



 さて、それから数回の抽選の後、やっと俺の出番が来た。大方目ぼしい商品は売り切れてしまったみたいだが、そこそこのお買い得品はまだまだ残っている。特に俺にピッタリのサイズの服は、まず売れ残っているとみていい。ああ、高身長のデブで良かった。これを 「巨夫の利」 という。



 さて、帰宅して、妻と息子と三人で夕食である。今晩のおかずはおでん。熱々でうまそうだ。


 なのに息子はソファに置かれた夫婦の戦利品の方に興味があるようである。

「あっれー。ママン達、二人ともおんなじ色のコート買って来てるー。ペアルックみたいだねぇ」

 我が息子ながら、母親のいるところでの言葉遣いは実にキモい。この成り済ましマザコンめが。

「マイサン、違うんですのよ。私が自分のコートを買った後に、この人がたまたまよく似たコートを買ってしまいましたの。本当にただの偶然ですからね。ねえ、あなた」

「あ、ああ。俺の体型に合うコートがこれしかなかったんだ」

「ふうん。でも、ママン達って、割と洋服の趣味似てると思うよー。性格だってぱっと見、全然違うようだけど、何かに集中し出すと周りが見えなくなるところなんかそっくりだ」

「ええー。マイサンが私たちのことをそんなふうに思っていたなんて、ショックですわ。大ショックですわ。脳天を撃ち抜かれたみたいなショックですわ!」

 なぜだ。なぜそこまでショックを受ける。似たもの夫婦で何が悪い。くそ、話題を変えてやる。

「さ、そんなことよりご飯にしようぜ。おでんがうまそうだ」

 俺は小皿に取った大根を箸でつまみ、フウフウと息を吹きかけて冷ました。

「そうですわね。いただきましょう」

 妻も大根にフウフウと息を吹きかける。

 息子がニヤニヤとしながら、こう言った。

「ほら、煮た物フウフウ

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[ 2017/02/12 23:17 ] Menu:16 Anthony's CAFE 文化部 | TB(0) | CM(0)

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